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LUZの熊野古道案内

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2007年 02月 13日

熊野の旅 熊野市立井戸小学校・瀬戸分校

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 熊野市にはかつて幾つかの小学校の分校がありました。
 子供の数が多かったのと、道路が整備されていなかったことがこうした分校を作った理由です。
 そのうちの一つが『井戸小学校瀬戸分校』です。
 校区は井戸町瀬戸と大馬でした。
 確かに山の中ですが、井戸川のほとりにある『井戸小学校』からの距離が割合と近く、ここの分校を作った当時の瀬戸の人たちの子供達に対する思い入れの大きさがしのばれます。
 分校ですから小さな校舎でしたがちゃんと講堂もありました。神川や和歌山県の飛地の北山村に向かう県道脇に講堂だけが残されています。今はこの建物は集会場に使われています。
 
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 随分昔に休校になり、子供たちは下流の井戸小学校本校に通うこととなりましたが、講堂、校舎はずっと残されてきました。廃校ではなく休校扱いにしてあったのです。
 子供達は増えてきて再び再開する見込みがあるから廃校しなかったのではありません。財政上からのことでした。
 民間だと使う見込みのない建物を残すことは固定資産税や補修費がかさむので困り者なのですが、お役所のシステムは違います。固定資産税はかかりません。それに、学校には国から維持費が支給されます。休校にしてあってもこれは支給されます。支給された維持管理費全部をそこに入れなくても、熊野市全体で辻褄を合わせれば良いのです。
 こうした分校の分を他の学校に回せると言うことで文部省には『休校』の届けを出していたのです。そして、ほんのたまに雨漏り程度を直していたのです。
 廃校になったのは近年のことですが、休校になったのは随分昔ですから、ネットに顔を出すような人でここの卒業生はほとんど居ないのではないでしょうか?
 運動場のあとには子供の遊戯器具が作られていますが、分校が廃止されるくらいですから、遊ぶ子供の影もありません。
 市内の金山小学校の跡地は跡形もなくなりましたが、ここ『瀬戸分校』の跡地は当分このまま残されるでしょうね。
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by je2luz | 2007-02-13 11:13 | 熊野 | Trackback | Comments(3)
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Commented by w246 at 2007-02-14 09:00 x
モノクロ写真EIZO(NANAO)のディスプレーでコントラストもよく見えています。デジカメと違ってどこかちがう感じですね。もっともスキャナーで
ととって加工すると少し味がきえるのはやむ終えないか。
Commented by je2luz at 2007-02-14 12:17
 カラーよりましとは言え、自分のモニターで判断せざるを得ないし、それぞれのみにターは随分違いますしね・・・
 私のモニターは古いので新しいのだともう少しは遺恨トラストになるだろうなという感じで決めています。
Commented by w246 at 2007-02-15 16:49 x
Googleで検索で熊野古道案内でトップに出ます。和歌山に同一題名の
ページより上位で熊野古道案内の決定版とおいうことのようです。内容的にも極め付きで、非常に地域に密着した自分史的・全国と世界地域視察
結果の報告書的な客観性と地域に対する暖かい視点が感じられます。
官製ではない面白さと批判の観点も説得力があり全部読むのに2日かかってしましました。
「くまどこ」や「ハーオブ熊野」より検索で熊野古道に関して上位とは快挙だと思います。
熊野大百科事典にも木の本の祭りがあり、和歌山大の資料に多くの昔の写真がありました。↓
http://www2.biglobe.ne.jp/~shinsuke/
http://www.center.wakayama-u.ac.jp/~pleasure/kisyuken/works/1_a.html


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