LUZの熊野古道案内

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2006年 10月 25日

熊野の旅 三重県立木本高等学校 1

 紀勢線の列車の窓からも見えますが、木本町の山手の谷あいのような所に木本高校があります。
 通称、『木高』「もっこう」と呼ばれます。
 この学校の前身は旧制木本中学校と旧制木本女学校が新制高等学校になるときに合併したものです。そして、敷地は女学校の物です。
 木本町はこの地域の中核として栄えたとは言え人口もさほど大きくない町です。そんな田舎町に旧制時代に中学と女学校を持っていたのです。結構子弟の教育には熱心だったのでしょうね。
 私が在学した頃にはまだ女学校時代の木造校舎で授業をしていました。講堂なども木造のものでしたが、卒業後に次々と建て替えられ今では何も残っていません。
 昔の校門は形だけ残されていますが、出入りは出来ません。
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 改築が進み新校舎になったときに取り壊しの予定だったようですがOBの要請で残すだけは残されたようです。
 この門は旧制時代からのものですから、今生きている一番お年寄りの女学校でのおばあさんから昭和40年代まで位の卒業生には懐かしい門になります。
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 位置的に校庭の真ん中よりの所にあるので具合も悪いのでしょうがなんとも無粋な閉鎖の仕方をされています。
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 旧校門の位置から通学路を振り返るとその景色は半世紀ほど前から変わっていません。左手が槙垣、右手には西郷川です。昭和40年ごろに道が舗装された以外は変わっていません。
 古い卒業生が母校を訪れても校舎は見たこともないものばかりで懐かしくないですが、この外回りの景色は全く変わらず懐かしいものです。
 新制高等学校になってからでももう半世紀を越すのですね。その年数掛ける500人近い数の青春がここにあるのです。良い想い出も苦い想い出も・・・
 今の学生さんには無い『プラトニック・ラブ』なんてのが 一杯あったのです。
 今回は私がここに入学した頃に使っていたのと同じカメラを引っ張り出して撮影しました。
 当然、このカメラで仲間を写し、可愛い子を写しました。当時は女の子と肩を寄せてピースをする時代ではなく、半分盗み撮りでした。そんな思い出の場所が敷地の中ではほとんど消えてしまっています。
 そのカメラは オリンパス35S・ズイコー45mm2.8
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by je2luz | 2006-10-25 12:32 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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