LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2006年 08月 06日

熊野の旅 熊野市生まれの企業  第三銀行

 三重県下各地に『第三銀行』と言うのがあります。
 『第三銀行』と言っても今は無き『第一銀行』に始まる番号銀行とは違います。番号銀行で三番なんて恐れ多い番号は片田舎の木本町に下りるはずはありません。
 この第三銀行は地方銀行として今では株も上場される立派なものです。しかし、発祥の地はここ熊野です。
 沿革は
 大正元年(1912) 熊野共融合資会社として南牟婁郡木本町(現熊野市)に設立される。
 大正5年(1916) 無尽法により三重無尽合資会社になる。
 昭和26年(1951) 相互銀行法により第三相互銀行株式会社となる。
 昭和42年(1967) 本店を熊野市から松阪市に移す。
 昭和48年(1973) 名古屋・大阪証券取引所上場
 平成元年(1989) 銀行法改正で普通銀行になる。
             東京証券取引所上場
 と、言うように関係する法律が改正されるたびに組織替えが行われ、格上げされてきたものです。出来た時は地元の互助会的なものということです。創始者は井戸町の名門の松田家です。
 戦後しばらく間では『三重無尽』と呼ばれていたので相互銀行になっても地元ではしばらく『三重無尽』と呼ぶ人もいました。相互銀行になってからは『三銀』若しくは『第三』と言われてきましたから、平成の変更で『相互』が消えても地元の呼び名は変わりませんでした。
 この第三銀行もこの小さな木本を本店にスタートし、時代と共に大きくなりましたが、ある程度まで来た時に本店を松阪市に持ってゆかれました。
 本社がド田舎にあると言うことはハンディなのでしょうね。大阪でさえ一流行の本社を東京に持ってゆかれるのですから、熊野市がほかに取られるのも無理は無いでしょう。
d0045383_11212454.jpg

 これが第三銀行熊野支店です。ここに本店があったこともあるのです。
 ここは上木本(かみきのもと)と呼ばれていました。新宮・熊野市間の三重交通のバスの終点にもなっていました。今は新町と言われるようです。一時は地元の諸売人の提唱でオレンジタウンなどと呼ばそうとしたこともありますが、今では覚えている人もいないでしょうね。
 列車で来て熊野古道・松本峠に向かうとこの前を通ります。
 向こう側で家の切れるところが国道42号線でこの先はもう七里御浜です。カメラのあるイチの後には家が一並びあり、その裏がお寺、そしてもう山です。木本と言う町はこれだけの奥行きしかないのです。
 東南海地震の時には丁度ここまで津波の波が入ったそうです。

熊野三山と熊野の地図へ   ←←←←をクリックすると案内図が開きます。

by je2luz | 2006-08-06 11:26 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/3514495
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 真夏のイベント 響鼓...      熊野の旅 熊野市生まれの企業 ... >>