LUZの熊野古道案内

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2006年 07月 12日

熊野の旅 紀勢西線 紀伊有田駅 2 有田中学校

 『紀伊有田駅』の目の前に『有田中学校』があります。
 開校は昭和22年(1947年)です。この学校は新制中学として生まれたものです。各地の小学校は創立100年を越えてきていますが、中学校は学制の関係で戦後創立が多いのです。
 この『有田中学校』は今年の三月にほぼ40年の歴史を終えました。原因は、過疎の進行により生徒数が減少したことです。戦後すぐのベビーブームの子供達をピークに生徒数が減ったのは全国的なものです。田舎では更に過疎がこれに拍車を掛けました。こうして廃校になって行ったのはここだけではありません。
 田舎では一学年数名と言う学校が一杯あります。教育上も効率上も焼く無いので廃統合すればいいのですが、田舎では集落が山の中などに点在し、通学が困難で、公共交通機関も無いことがあります。更に、昔から集落の中心としての役割を果たしてきた学校が無くなる事への地元の抵抗もあり、こうして実現するところは珍しいのです。
 今は隣接の和深、田並両中学と合併して『串本西中学校』となっています。
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 有田中学校の校舎は窓こそアルミサッシにされていますが、典型的な日本の田舎の学校建築です。木造のしっかりした建物で、戦後の苦しい時期にもかかわらず、子供達のために掛けた地元の人たちの熱意が覗えます。
 この当時は学校を建てるには多大な地元負担が必要でした。しかし、日本中が子供のための学校づくりには子供の有無も関係なく協力したものです。それだけに『学校』に対する思いいれも強いのです。
 撮影に行った日に駅のすぐ前の家のおばあさんが駅前の畑で百姓をしておられました。
 『閉校なったんですね』と、声を掛けると
 『はい。 寂しゅうなりましたわ・・・
  ここは小さなとこで何にも無いからのー、誰も残らんわ・・・』と、言っておられました。
 ここ言葉がこうしたことを表しているものと思われます。
 日本中から故郷が少しずつ消えてゆくことの象徴でしょうね。
 詳しくは私のHPにページを造ってあります。
  『廃校・串本町立有田中学校』
 残念なのはここの撮影中にイコフレックスがトラぶってしまい大切な数カットが駄目になったことです。水飲み場、渡り廊下・・・学校の象徴ですね。
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by je2luz | 2006-07-12 12:17 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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