LUZの熊野古道案内

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2006年 06月 18日

熊野の旅 紀勢西線 那智駅 3

 那智の駅から山に方に30mほどで国道42号線に出ます。国道に出てすぐ左にある交差点で右折すると霊場、那智山に向かいます。
 国道の向かい側にこんりろとした森があります。
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 横断歩道を渡ってその森のほうに行くと、さほど大きくない鳥居があります。その先には並んでお寺があります。神社とお寺の間には垣がありますが元は一緒だったのだろうと思います。
 さて、このお寺が熊野信仰の一つの形である補陀洛(ふだらく)信仰の対象である『普陀洛寺』です。このお寺はお堂も新しく、ものすごく明るい感じですが、そこに隠された歴史はあまり明るいものではないような気がします。
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 『補陀洛(ふだらく)信仰』とは海のかなたにある極楽=補陀洛(ふだらく)に行きたいと言う極楽浄土信仰の一つです。
 普通の信者はこのお寺に参り、熊野に詣でて功徳を積めば救われるらしいのですが、僧侶ともなるとそうは簡単に普陀洛には行けないようで、船に乗って沖に漕ぎ出し、黒潮に任せて補陀洛に流れ着くのを待つのだそうです。ひたすらお経を唱えて、事実上飲まず食わずに・・・
 今式に考えれば、少しこぎ出せば黒潮の支流に乗れますからかなりの速さで大王崎の沖に出るでしょうね。更に伊豆のはるか沖を通過して房総沖に・・・それから先はジョン万次郎の世界です。つまり、自殺行為なのです。
 この『補陀洛寺』の住職になり還暦とかになると、この補陀洛行きが恒例になっていたとか・・・
 補陀洛信仰にどっぷり漬かっていれば名誉なことでしょうが、そこまで信じても居らず、普通の坊さんのつもりで居たら、これを押し付けられたら死ぬほど怖いことです。死ぬほどではなく、間違いなく死んでしまいます。
 この普陀洛行きの最後になった和尚はさらさら船に乗ってゆくなど考えたことも無かったようです。しかし、年が来たからと檀家衆などに無理やり船に乗せられ沖に出ることを強要されたようです。
 怖さのあまり船から海に飛び込んで助かろうとしてすぐ沖の岩礁にしがみついたのですが、それを見ていた人々により再び船に乗せられ、今度は戸板を釘で打ち付けられ絶対に出られないようにして、沖に流されたそうです。集団殺人が行われてしまったのです。
 それ以来、このお寺から『補陀洛渡海』は出なくなったそうです。
 空海は衆生を救うために高野の山で即身成仏なさいました。他の高僧も沢山この道を自ら選びました。 しかし、宗教という名のもとに、狂気が行われることもあるのです。
 このお寺をも観光化しようとしてるようで少々疑問を感じます。
 お寺は明るく立て替えられていますが、神社は古びてひっそりとしています。那智山同様ここも明治になるまでは神仏混合で一体として北が図です。
 普陀楽信仰の負の部分を押し込めて居るのはお寺ではなく神社の方のような気もします。
 ご詠歌西国の一番に…
ふだらくや きしうつ なみは みくまのの なちの おやまに ひびく たきつせ
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 カメラは コダック メダリスト I

by je2luz | 2006-06-18 13:27 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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