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LUZの熊野古道案内

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2006年 06月 15日

熊野の旅 紀勢西線 宇久井駅

 宇久井(うぐい)駅は国道42号線に直接面しています。紀勢西線は海岸沿いを国道42号線と並行して走っているので国道と駅はほとんどすぐそばにありますがこのように直接面した駅と言うものはほとんどありません。
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 ここうぐいは駅の近くには何も無い閑散としたものですが、海に出ると三輪崎、佐野と続いた港、『新宮港』の向かい側にある宇久井港があります。今はこの港も寂れていますが、かつては南紀の産物を東京へ運ぶ動脈として脚光を浴びたことも在るのです。
 高地ー南紀勝浦ー東京晴海を結ぶ『サンフラワー』の寄港地だったのです。
 就航当時は日本で初の外洋航路用大型フェリーとしてなの船腹に書かれた大きな絵と共に話題となった『サンフラワー』が着いていたのです。
 しばらくは、重量の重い製材製品などの長距離トラックと観光バスなどが利用していましたが、段々利用も減り、高知の方からの利用も減っていったので間引き運行となり役割を終えていったのです。昔は私も何度か晴海まで車と一緒に乗って行きました。
 宇久井駅と紀伊佐野駅の間には短いトンネルがあります。国道を走ると気が付かないのですが、たしか今の鉄道用トンネルに並行して小さなトンネルがあったと思います。今の残されているのかどうか確認していませんが、この小さなトンネルはこの路線が『新宮鉄道』として開業した当時のものです。昔の地方の鉄道が送であったようにここは『軽便鉄道』として開通したのです。今で言うとトロッコ電車のようなものです。
 日本の国鉄は狭軌といわれる線路の幅の狭いものです。前後方向から見ると車両幅に比べ車輪幅が異常に狭く不安定な代物です。軽便鉄道とは更に狭い軽がるとまたげるほどの線路でした。当然車両も小さく出来ていてトンネルも小さく出来たのです。今のように高速輸送なんて考えることも無かったので、工費の安い軽便鉄道が作られていったのですが、貨物輸送の面でも軽便鉄道では大量輸送に向かないし、全国の鉄路が結ばれてゆくと、日本国有鉄道の採用した日本の標準である線路幅に統一されていったのです。その名残がこうした小さなトンネルとしてたまに残されているのです。トンネルは使いながら広げることが不可能な代物ですから高価なものであっても放置されるのです。国道などのトンネルでも古い小さなトンネルが放置されているのも同じ理由です。
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 駅は無人駅です。ホームに入るとカーブだらけの紀勢西線らしくカーブに駅が作られています。構内だけが複線になっているのですが、こうした風景を写真にすると頻繁に電車の来る郊外の駅構内的な雰囲気もします。しかし、乗客の姿は高校の通学時間だけです。こうした田舎では通勤に使われることは非常にまれなのです。いくら乗客が減ってきてもまだまだ高校生の通学の足として鉄道は大切なものです。

by je2luz | 2006-06-15 12:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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