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LUZの熊野古道案内

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2006年 06月 10日

熊野の旅 紀勢西線 沿革 2 国鉄

 新宮鉄道と言うローカルの私鉄からスタートを切った紀州の鉄道です。こんな田舎にも将来を見据え難工事であっても鉄道を敷こうという人達が居たのです。
 今の南紀ですと資本を集めることは不可能に近いでしょうね。材木業界は壊滅状態にあり、周辺山間部の過疎化の信仰などによる新宮の商業の衰退など昔の『旦那衆』(だんなし)は最早存在しません。『今の金持ち』と『昔の旦那衆』は金のスケールも社会的地位や指導力、人生観などかなり違うものでした。
 昔は金も権力も握る代わり社会的責任も負っていたわけです。町の発展のためになら莫大な拠出金も出したものです。又、出せる人が南紀にも居たのです。ことに新宮の町の勢いはものすごいものであったようです。
 新宮鉄道と言うローカル鉄道ではやれることに限界があり、悲願の大阪直結のためにも鉄道を国有鉄道にしてもらうほか無く、紀勢西線は国鉄になっていったものです。
 国鉄時代に紀勢西線の新宮ー和歌山間は電化されました。それに引き換え旧紀勢西線の一部を含む紀勢東線はジーゼルのまま残されてしまいました。ジーゼル列車は電化区間も走れますが、電車は架線の無い区間に入れません。国鉄分割民営化後は西日本旅客鉄道と東海旅客鉄道に分かれたこと以上にこの架線の在る無しが列車の乗り入れには大きなことでしょう。
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 この写真は新宮駅構内を熊野市方向にほんの少し外れたところです。
 紀勢線は新宮の町中を掘割にして貫いて行きます。そして、昔のお城のあった山にぶつかるとトンネルになり、トンネルを抜けると県境の熊野川に出ます。
 左の写真のすぐ先がトンネルです。つまり、JR東海の線路になって行きます。右側のすぐ先が新宮駅になります。列車をこちら方向に持ってきて線路を入れ替える時にはこのあたりまで列車が来ます。そのため、この区間には架線が張られています。しかし、左側に進んで短いトンネルを抜けた熊野川の鉄橋部分には架線は見えません。架線の在る無しが線路の分かれ目なのか、県境が分かれ目なのか詳しいことは分かりません。もし県境なら、紀勢西線・きのくに線は全線電化ではないことになります。ほんの数百メートルで列車が使わないにしても本線上ですから…
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 この下を線路が通っています。この道は新宮駅から続く商店街で駅前通り・丹鶴通りであり、この先の中ノ町と一体になって商都新宮のメインストリートでした。しかし、その言葉も過去形になろうとしています。地元資本による商店街形成は時代に取り残され、こんな田舎でも郊外型巨大ショッピングセンターの外部資本に食い潰されています。そのことは別の機会にしますが…

カメラは レチナ2c+カータークセノン35mm

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by je2luz | 2006-06-10 13:39 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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