LUZの熊野古道案内

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2006年 06月 09日

熊野の旅 紀勢西線 沿革 1 新宮鉄道

 今は『紀勢本線』と呼ばれ、新宮から西は紀勢西線・きのくに線と呼ばれ西日本旅客鉄道株式会社の管轄、鵜殿から東は紀勢東線となり東海旅客鉄道株式会社の管轄となっています。しかし、元々は1960年ごろまでは東の端は『紀伊木本駅』(現・熊野市駅)でした。更に古くは、全国の鉄道に良くある形で、地元の有力な資産家などの後押しで出来た私鉄としてスタートしたものです。
 1912年(大正2年?)に『新宮鉄道』として、『三輪崎』ー『勝浦』間が開通して産声を上げたものです。
 新宮ー三輪崎間には小高い山があり難工事のため乗り入れが遅れたようです。翌年新宮乗り入れが完成したときも今の線路よりは海沿いを経由したようです。
 1934年に国有化され1940年(昭和15年)に東は『紀伊木本』西は和歌山まで完成しました。大阪天王寺まで定期列車が直接乗り入れたのは1951年ごろの話です。戦後しばらく経って始めて都会と直通になったものです。
 紀伊半島は海岸まで山が迫り、平坦な場所のほとんどないところですから鉄道敷設は困難なものであったようです。
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 写真は今の新宮駅です。かつては機関区、客車区などを抱えた大きな駅でした。今は普通の駅舎だけで。ここだけ見ると変わりはないのですが、構内の活気は往時を知るものにとっては寂しいものです。全線開通の頃まではこの構内は小さな蒸気機関車が列車編成に走り回り、『機関車トーマス』の世界のようだったのです。
 今でも紀勢西線・きのくに線の始発駅、熊野地方の中核都市、新宮の駅として重要な地位を占めてはいるのですが・・・
 これから先しばらくはこの『紀勢西線』について連載して行きます。各駅停車の旅です。
カメラは レチナ2c+カータークセノン35mm

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by je2luz | 2006-06-09 13:55 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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