LUZの熊野古道案内

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2006年 06月 03日

熊野の旅 河口閉塞に加え潮の逆流 緑橋3

 緑橋の水門は大正時代から現在に至るまでこの市木川の河口付近の農地を守り続けてきました。
 この水門の開閉には動力は使っていません。動力が自由に使えない時代に考案された画期的な方法です。
 現代の水門のほとんどは動力若しくは人力によって扉を上下に動かすものです。それに比べ。緑橋などの樋門は観音開きになっています。
 高潮が来て海側の水位が上がればその圧力で扉は閉まってきます。高潮が収まって川の水の圧力の方が大きくなれば樋門が開いて川の水は海のほうに出て行きます。
 普段は水位の低い海のほうに扉を押し開いて水は流れています。
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 このように水位が低い時でもこの扉を人力で閉めることはほとんど不可能です。しかし、右側の方から左に水が流れ出せば扉は押されて閉まろうとします。旨く閉まってこなくても、ほんの少し人力を足してやれば閉まってきます。
 開き加減は上流からの圧力と海からの圧力がつりあうところで決まってきます。実に省エネですばらしいものです。
 このような樋門を熊野市内の井戸川に『亀齢橋』(きれいばし)という橋に取り付けていました。これは石と煉瓦によるきれいな橋でしたが、旧国道の改修でなくなってしまいました。
 もう一つは次に取り上げる熊野市と御浜町の境にある『志原端』です。
 熊野灘に注ぐ全ての川に大正時代からこうした水門を作れなければならなかったと言う事はいかに高潮の塩害に苦しめられてきたかがわかります。
 気候温暖で水も豊富・・・なのに戦国武将も欲しがらなかった理由はその辺にあるのかもしれません。
カメラは イコフレックス2a・テッサー75mm
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by je2luz | 2006-06-03 07:42 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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