LUZの熊野古道案内

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2006年 05月 26日

熊野の旅 かつての動脈 巡航船の港・木本港

 かつて紀勢線は二つに別れ、紀勢東線が尾鷲まで紀勢西線が木本までだったことは何度も書いています。昭和に入り尾鷲・木本の間には連絡バスが走るようになりましたが、海岸沿いには道はまだできていなくて、まさに陸の孤島状態でした。
 その当時に活躍したのが『巡航船』です。
 南の始点は『木本港』でした。新鹿・二木島・賀田・三木里・九鬼など津々浦々を回って北の終点尾鷲港まで走っていました。
 私が子供の頃には国道42号線の連絡バスが走っていましたから、紀勢線の東西乗り継ぎに巡航船を使う人は居なくなっていました。それでも。海岸沿いに点在する集落には貴重な足でした。毎日来るわけではなかった証拠に山間部の私が木本に来ているときに白い巡航船が入っていると珍しくてうれしかったものです。
 巡航船が姿を消したのは紀勢線が全通してしばらく経ってからだったと思います。
 巡航船の始発の港である木本港とは言え、当時は防波堤も突堤もないものでした。
 七里御浜が終わりリアス式海岸に変わるところ、鬼ヶ城の西口に当たるほんの少し入江?になっているだけのところでした。従って乗り降りは艀(はしけ)によるものでした。
 今では漁港として整備され船着場が出来ています。巡航船の乗客が見たらどんなにうらやましがるでしょうね。
 この今の木本港のある場所は『脇の浜』と呼ばれていました。七里も続いた砂利浜が終わる端っこにあるからでしょうね。
 巡航船の始発地点であった木本港のすぐ上を今の国道42号線が抜けていっています。国道がこの位置に来たのは昭和44年くらいだったと思います。
 主役は巡航船から鉄路の紀勢線へそして自動車の国道42号線へと移って行きました。
d0045383_12222721.jpg

 後ろに見えるのが国道42号線です。ここから熊野古道の浜街道に入ります。
 カメラは ウエルタ・ウエルチ・I
熊野三山と熊野の地図へ   ←←←←をクリックすると案内図が開きます。


 

by je2luz | 2006-05-26 12:27 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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