LUZの熊野古道案内

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2006年 05月 25日

熊野の旅 熊野路の大動脈 国道42号線

 紀伊半島の南にある熊野地方は名古屋、奈良、大阪と東西に並ぶ、昔からの大きな町への道が通じていました。
 熊野は世界遺産に指定されたように、神々、仏達の地であり、信仰の土地でしたから、参詣道として重要だった時代もあります。それが『熊野古道』です。駅、関所などを作って整備された『街道』にくらべ道は険しく宿場も発達しなかったようです。
 『蟻の熊野詣』などと言われる割に、宿場町が栄えたと言う話は聞きませんね。
 この『熊野古道』であったものが近代になって整備されたのが、国道42号線です。今では東の端は元の松阪市から方向転換して鳥羽に向かい海を渡って対岸へ伸びています。伊勢湾口道路と言う長大大橋の布石のようです。西の端は和歌山市です。紀伊半島をぐるりと首輪のように回る道路で一番の幹線道路です。
 この道路と並行に高速道路が計画され少しずつ建設されています。全部繋がるのは何時のことやら・・・そして、繋がっても何を運ぶのやら・・・
 と、言うのも、紀伊半島の南端の産業は衰退押してしまっています。
 かつては社会の教科書に載るほど新宮を中心として材木・製材が盛んで、この42号線を毎日たくさんのトラックが製材製品を満載して大阪、東京方面に走っていったものです。
 熊野市、尾鷲市からは石材が出荷されこれもダンプカーが毎日数車ずつ大阪方面に走っていました。
 魚は勝浦港を中心に保冷車が朝の河岸に間に合うように走っていました。
 こうした産業が全て縮小し、我が家の前を通過するトラックは昔日の面影はありません。
 毎日見かけた木本運送・新宮合同・勝浦水産・牟婁運送・南郷運輸・などの車列は姿を消し、単独走行の状態です。周辺住民にとってはありがたいのですが・・・と、言っても元々よその国道のように一杯車があるわけでは無かったですからね。ボチボチ通っていたのがパラパラ?になった感じですね。
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カメラは ウエルタ・ウエルチ I/テッサー50mm

by je2luz | 2006-05-25 08:43 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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