LUZの熊野古道案内

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2006年 05月 18日

熊野の旅 特別記念物とは・・・2

 昨日に引き続き、獅子岩・鬼ヶ城など観光名所のお墨付きのために指定を受けた『特別天然記念物』と言うものについて書きます。
 まず、なぜ、これらが『特別天然記念物』なのかということです。
 『鬼ヶ城』『獅子岩』は熊野にとって貴重な観光資源です。ことに昔はテーマパークなどと言うものはどこにも存在しなかったので、「景色の良さ」、「よそに無いもの」が観光資源でした。そして、今のようにテレビがあるわけでもないし、きれいで大きなポスターを作って宣伝できる時代ではなかったので、お役所のお墨付きが大きな力を発揮したのです。
 まず全国の観光地で国がお墨付きを出したのが『国立公園』です。この辺りは吉野と一緒に『吉野熊野国立公園』に第一回目に指定されました。これは効果絶大で『世界遺産』の比ではありませんでした。天王寺からの列車で関西からの観光客がそれまでの辺地、南紀にどっと押し寄せ勝浦温泉、湯川温泉などは活況を呈したものです。しかし、全国の観光地を次々と『国立公園』に指定していったので観光客も『国立公園』なんてキャッチフレーズでは動かなくなりました。
 こうしたお墨付き観光地時代に、『鬼ヶ城』『獅子岩』というポイントは特別見るような史跡とかの無い熊野市にとって大切な資源でした。しかし、かといってわざわざ来させるにはキャッチフレーズもないし・・・そこで考え出されたのが『天然記念物』です。本筋からすると面白い格好をしているからとか観光地だからと言うのはおかしいのですが、『同じ時に隆起した』と言う少しこじつけ的な理由で『特別天然記念物』と言うお墨付きを貰いました。ぶっちゃけた話、学術的に貴重で守るために学者が言い出したものではないようです。破壊するような開発計画があったわけでもないですしね。
 それなら、町中に立っている岩山『要害山』や町の背後に聳える『華城』、そして史跡『花の窟』も段階的隆起のあととして貴重なのではないでしょうかね。花の窟と要害山はほぼ同じレベルだと思いますし・・・
 本題を少々離れていますが、この『特別天然記念物』なるものが浸食作用を受け続けるこうした砂岩の岩にとっては困ったことにもなるのです。
 鬼ヶ城の千畳敷に岩が落下したり、獅子岩のあごが欠けて下の砂浜に落ちていたりします。幸い人的被害がまだ起きていませんがね。
 私が子供の頃、写真にある私の家のすぐそばの要害山の岩の突起が突然落下してそのオーバーハングの下に建てられていた家を木っ端微塵にしたことがあります。その時は運良く家人は無事でした、しかし、それ以来そこに家を再建することも無く家の跡だけが残っています。
 地球に太陽が当たり、風が吹く以上これらの砂岩は少しずつ削られてゆきます。そしていつか落下、崩壊します。それが今日なのかも知れません。
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カメラは 東京光学・プリモフレックスIII
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by je2luz | 2006-05-18 12:02 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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