LUZの熊野古道案内

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2006年 05月 05日

熊野の旅 熊野古道と脇道 3 風伝峠

 今はトンネルの上に残された道と風伝茶屋だけの風伝峠ですが、ここの賑わいはかなりのものだったようです。
 私が子供の頃にはまだ鉱山が稼動していたのですが、一度も入鹿村には入ったことはありませんでした。大人になって鉱山もなくなり過疎が進みだし、紀和町になってから初めてこの峠を越しました。そのときも茶屋では『風伝餅』は売っていました。買う人が少なくなった頃に名物になった感じでした。
 風伝茶屋のすぐ脇には風伝峠の由来を書いた観光看板などが立ち並び、歩いた時代の尾呂志街道らしき細い道も残っています。
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 この尾呂志街道は入鹿鉱山を支える重要路線でしたが、鉱石は道路を通らず空中に張られたケーブルによる『索道』で紀勢線の『阿田和駅』まで運ばれました。
 阿田和の駅から延々と山を越えて伸びる索道のケーブルと鉄塔群をかすかに記憶しています。ケーブルに架けられた運搬用の箱?は荷物が重い鉱石だけに小さなものでしたが、点々と一杯ぶら下がっていました。
 鉱石が空中を進もうと一万を越す人口を支える道路の賑わいはかなりのものであったようで、戦後の混乱期にはこの峠を越えて新宮や木本から商人が闇物資などを運びこみ、中には財をなした人もいたようです。しかし、その時代を知る人はどんどん居なくなっています。入鹿鉱山などと言うものも最早郷土史の中だけのものになりつつあります。

by je2luz | 2006-05-05 11:20 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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