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LUZの熊野古道案内

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2006年 05月 04日

熊野の旅 熊野古道と脇道 2 風伝峠・茶屋

 熊野古道・浜街道から山に向かい紀和経由で本宮方面にに向かう峠としては『風伝峠』が重要な峠でした。
 海沿いに走る御浜街道の新宮と木本の中間点の阿田和(あたわ)から直角に分かれる『尾呂志街道』(おろし)に入り尾呂志川沿いに真直ぐ山に向かいます。そして分水嶺を越えるところが風伝峠です。
 ここは古くからの街道としての要所でもあったようですが、華やかだったのは紀和・入鹿(いるか)に鉱山が開かれてから閉山なるまでの間でしょうね。
 鉱石は空中を通る索道で運ばれましたが人間が乗ることが禁止されていましたから、人はこの風伝峠を越えて入鹿に向かいました。
 紀和(入鹿)は熊野市と合併した去年秋には一千人台まで人口は減っていましたが、戦中・戦後のピークには一万人を越す人でにぎわったところですから、この風伝を越える人の数や物の量は近隣随一だったのです。鉱山関連以外にも北山川を使った木材搬出の筏流しの筏師も新宮に筏を届けると浜街道で阿田和に来て尾呂志街道経由で北山方面に帰ったのです。
 風伝峠も新道と言われる車の道に変わり歩く道は忘れられてきました、更に近年国道の改修で峠のすぐ下にトンネルが掘られ風伝峠を通る車も激減しました。
 風伝峠には鉱山があった頃からの『風伝茶屋』があり『風伝餅』が名物になってきました。道路が頂上を越えていた頃にはおばあさんが風伝餅を作っていました。そして、走路が越えなくなっても同じ場所で風伝茶屋は残りました。
 今では熊野古道の脇道としての『とおり峠』『風伝峠』や『丸山千枚田』に来る観光客相手に営業しています。餅の作り手は代替わりしたはずですが頂上に一見だけ建った『風伝茶屋』は今も日常生活の場を兼ねた地道な営業を続けています。
 国道を走って目的地に直行するとこの前は通らなくなります。ほんの少し、ほんの数分回り道すれば・・・・
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 観光的、私的には以前の古びた昔ながらの『風伝茶屋』の方が好ましいのですが、改築されて新しいものになっています。生活の場ですからこれも仕方ないでしょうね。
熊野三山と熊野の地図へ   ←←←←をクリックすると案内図が開きます。

by je2luz | 2006-05-04 11:52 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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