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LUZの熊野古道案内

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2006年 04月 26日

熊野の旅 昔の味 子供のおやつ 4

 熊野は田舎です。熊野でも私の育った飛鳥町は木本町に比べはるかに田舎です。はるかにと言うより、本当の田舎です。
 今と違い、その頃は都会と田舎町そしてド田舎の違いはものすごいものでした。
 テレビが無いから都会の様子など知る由もなし、青年団のお兄さんたちの流行ファッションは『平凡』『明星』のグラビアの真似です。
 冷蔵庫なんて無かったですから食べるものも遠距離輸送できるもの以外は現地調達です。したがって、田舎町ならまだしもド田舎では自給も出来ず無い物尽くしでした。
 都会ではやったと言う『ロバのパン屋』『ワラビ餅売り』『アイスキャンディー売り』・・・そんなものある訳がありません。小学館の本で見るだけでした。そうそう、『紙芝居』も学校やお寺でやってくれるの以外ありませんでした。飴をしゃぶりながら見る光景は絵本と写真の世界でした。
 そんな田舎の子が口に出来るおやつはまさに「自力更生」です。食べられる物が野山にあるときは良いのですが、無い時は今の猿やイノシシ並みに畑のものを盗んでいましたね。
 しかし、生で食べられるものはそうあるものではありません。いくら甘いと言っても生の人参はそう食べられるものではありません。丸かじりの大根もおいしいものではないです。
 柿の木もどこの柿が甘くてどこのが渋いか部落中のを把握していました。更に、どこの持ち主が甘いかまで・・・
 渋柿も今なら焼酎で渋抜きしたりしますが、当時の子供が大切な焼酎を使うことなど出来るわけも無く、編み出したのが『泥田の中に埋める』やり方です。
 空気が遮断されてかびることも無く甘く熟してきます。焼酎などより時間はかかりますが食べ物の確保には役立ちました。
 渋柿と言えども昔は貴重なものですから、中々うまく盗めないものです。ほふく前進あるのみです。それも遊びの一環でしたが・・・
 そうして柿の木も今では甘がきすら採られずに熟して烏の餌になっていますね。
 飽食もありますが柿の木に登ったり出来る人は居なくなりました。切り倒すことも出来ないようです。
 今なら怒られずに腹いっぱい食べられたでしょうね。
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by je2luz | 2006-04-26 11:38 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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