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LUZの熊野古道案内

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2006年 03月 23日

熊野の旅 平成の大合併・・・新紀宝町

 鵜殿村と紀宝町が合併した紀宝町は合併前の鵜殿村同様、『紀州製紙』の城下町です。鵜殿村が狭い(2Km四方)ので従業員の多くは紀宝町に住んでいます。
 となりの新宮市も材木と共に『巴川製紙』のおかげで栄えてきたところでした。新宮作られた『宇久井港』なる港はこの巴川製紙にチップを運ぶのを主な目的で整備されたものです。
 この頼りの「巴川製紙紀州工場」が数年前に閉鎖され大量の失業者を生みました。その跡地にはこの地方には分不相応な一大ショッピングセンターが出来ました。今までは地元に金を運んでくる企業でしたが、後に座ったのはわずかにパートの人件費を落とすだけで地域の金を運び去る企業です。今の日本の風潮をそのまま現す事態が起きています。金を生む生産をなくし、小売業などをもてはやす流れです。
 まあ、田舎は職場が無くても住民の30%はお年寄りで元々無職の人ですから・・・
 この流れに鵜殿村が危機感を抱かなかったはずはありません。かつては全国でも珍しい『地方交付税をもらわない自治体』だったのですが、少し前から、紀州製紙だけでは村の財政をまかなえなくなり『交付団体』になってしまっていました。
 もし、新宮のように製糸工場が閉鎖されれば・・・影響は新宮の非ではありません。村の面積の1割を越すような社有地が廃墟になり、従業員が解雇され、住民税は激減し、焼却資産税などもゼロになります。まさに、村の命運がパルプ向上に掛かっているわけです。
 かつては私たちもうらやむ裕福な村だったのですがね。
 昭和の大合併の頃は合併すると損ですから独立の道を選んだのですが、平成の大合併では率先した合併に応じましたね。
 それでも、今はパルプ工場も操業を続けていますから比較的楽な自治体です。
 ここにも日本の産業の空洞化が影を落としているわけです。
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 紀州製紙がなくなればこの風景も消えてしまいます。
 かつては一日中忙しく貨車の入れ替えがあり、引込み線で国道もよく閉鎖されたものです。
 カメラは
ツァイス・イコフレックス2A ・・・詳細については左をクリックしてください。

by je2luz | 2006-03-23 09:26 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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