LUZの熊野古道案内

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2006年 03月 20日

熊野の旅 七里御浜の魚 大敷1

 七里御浜沿岸の漁業で地引網は廃れて行きましたが、他の漁業は何とか生き残っています。
 昭和30年代頃から戦後の食糧難からの乱獲もたたり漁獲高が激減したようです。木本以東のリアス式海岸では伊勢湾台風による磯の痛みが追い討ちをかけたと漁師さんたちは言います。
 熊野灘は大きな川がたった一本だけ流入しています。三重県と和歌山県の県境の『熊野川』だけです。あとは小さな川があちこちにあるだけです。
 ただ一本だけ流れ込む熊野川にダムが一杯作られ、夏場など人間の嗅覚でさえ匂いが分かるような水を海に出していることも回遊魚の減少に少なからず影響があると思われますがこれは立証不能なため公式には『影響なし』になっています。人間の飲み水の匂い対策にはお金が出ています。人間に分かるほどなら・・・
 七里御浜の海岸沿いには『大敷』と呼ばれる『定置網』が設置されています。これは、網を仕掛けて回遊魚が入るのを待つ、大掛かりであるが消極的なものです。現在の漁船のように『魚群探知機』を取り付けて追い掛け回すのではなく、ひたすら待つのみです。
 航行する船の関係もあり、この定置網の位置と大きさは厳しく制限されています。認可を受けて所と少しずれるだけでしかられますが、海難事故にもつながるので仕方ないことでしょうね。
 町に漁法ですから、魚の群れがほんの10mほど離れて通ればはぐれた分しか入りませんね。そばで見ているのではないので実態は分かりませんが、見ていたら卒倒するほど悔しいこともあるのではないかと思います。
 大敷の狙う魚は色々です。何でも入ったものはとると言うことですが、トビウオ・カツオ・サバ・シイラ・太刀魚・・・大物ではマグロ・ブリになります。ほんにまれに『本マグロ』が入ることもあります。めったに無いので地元の新聞に載るくらいです。
 ブリも近年ではあまり載りません。富山湾のようなわけには行きませんね。
 昔は全国いたるところの大敷網でブリが大量に捕れ、冬から春先の庶民の味でもあったようです。獲れすぎて肥料にした記録があるくらいですからね。これとてそんな昔ではありません。昭和の時代のことです。
 ブリと言えばもうすぐ桜が咲きますが、この頃になると体に寄生虫が出てきます。急に出る訳もないので「寒ブリ」にも居るのかもしれませんが、目に見えるようになってきます。こうなると商品価値はがた落ちです。人間の体に規制するものではないようですが・・・目に見えなければ、怖い充血吸虫の入った淡水魚のアライなどを平気で食べる人も、目に見えると駄目なようですね。
 寒ブリと称される時に捕れれば高級魚なのに・・・大敷は捕る時期や魚を選べません。
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by je2luz | 2006-03-20 13:13 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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