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LUZの熊野古道案内

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2006年 03月 06日

熊野の旅 七里御浜の製塩

 昔の日本の製塩と言うと瀬戸内の穏やかな海での塩田が主力でした。今では高いものを覗いて輸入の岩塩から生成されるものが多いようですね。
 食塩は国家統制品・専売品で自由に作ったり売ったりは出来ませんでした。今は普通の食品並みの扱いになっているようですね。
 生きてゆくうえでどうしても必要な『塩』も戦時中から産後すぐの頃に掛けては不足していました。人間だけでなくガラスの製造などにも不可欠な食塩は海外からの岩塩の輸入も止まっていましたから完全に足りなくなったようです。
 その時代、日本は海に浮かんだ島国ですから豊富な海水から食塩を自給することになりました。
 ここ木本町でも『塩炊き』が行われました。
 七里御浜は砂利浜で、今とは違い豊富な砂利によってうねるような小山をいくつも越えて波打ち際にたどり着くものでした。当然、海水を汲んで陸まで運び上げるのはまともに歩けないので大変な仕事でした。
 砂利の上に『歩み板』と呼ばれる『足場板』を敷いてその上を歩いていました。幅はせいぜい30cmどまりの狭いものです。その上を30kgほどの海水を天秤で担いで運んでいました。
 運んだ海水は大鍋で煮て煮詰めて水分を飛ばして塩にしたのです。出来た『塩』は『にがり』を一杯含んだ今で言う『天然塩』ですが、少し黄色くべちょべちょするものでした。地元での干物作りなどに使われていました。
 今考えると、勝手にやって良いわけではないですから、届け出て認可をもらっていたのでしょうね。人里はなれた入り江ではなく待ちの中でやっていたのですからね。
 場所は我が家の目の前です。そうでなければこんな光景は覚えていないと思います。
d0045383_11561787.jpg

 この海水をくみ上げて運んでいました。距離にするよ100mあまり、高さは10mほどになります。
 戦後、世の中が落ち着く頃にはやらなくなって?やれなくなって?いました。
 カメラは ツァイス ネッター518/16

by je2luz | 2006-03-06 11:56 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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