昭和39年1964年は前回の東京オリンピックの年です。
10月10日が開会日で下から今日より10日ほど前ですね。
この日の夜に上野駅から東北線の夜行列車で青森に向かい、十和田に行きました。
この時期に「奥入瀬」「十和田湖」は紅葉の季節に入るからです。
紀州で育ったので「全山紅葉」なんて身近なものではありませんでした。
その頃はまだ白黒写真の時代でしたが、アグフアカラーを使って紅葉を撮りました。
今以上にフィルムによる発色の違いが大きかったので渋めのアグフアを選んだのを覚えています。
そのネガは今でも手元にあり多少の変色があっても思兼のある風景が再現できます。
だた、20歳の私が取った写真なので今撮るのとは少し違うだろうと思います。
奥入瀬も十和田も年齢が違う分、少し違う光景に映るでしょう。
あるき回った日本の各地、世界の土地土地、それなりに違うでしょうね。
出来るならもう一度歩いてみたいです。
ということは…
私が終末を自覚し始めたということかも知れませんね。
考えてみると、紅葉を追って東北に出かけたより遅い時期なのに、今年は仙台でも豪雨が降っていますね。
やっぱり季節がずれているようです。
ところで、話題のオリンピックマラソンですが、昭和39年は10月末でしたから正午でも17℃くらいだったのです。
早朝6時の気温もあの頃より1度から2度上がっているようです。
嘘で固めて誘致したオリンピック,やめることはできないのでしょうね。
もっとやめてほしいのは、三か所も作るという「博打場」ですね。
あの利潤は外国の暴力団にわたりそうです。
岸信介さんとかの時代に日本の競艇とかの博打ができたそうです。
やっぱり血筋なんでしょうか?