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LUZの熊野古道案内

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2018年 10月 29日

新宮・三輪崎 神武東征

 昨日は新宮へUP!のカーステの交換に行って、待ち時間の間に広角(ひろつの)を越えてすぐの「三輪崎海岸」に出てみました。
 ここはすぐそばを国道42号線が走っているし、紀勢線も走っているので意識しないで通過してしまうところです。
 隣の駅の「佐野」にはオークワを核とするショッピングセンタがあるので私なども年に数回は通ります。
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 この砂利浜が三輪崎の海岸です。
 昨日は台風の余波なのか少し荒れていますが、この周辺では少し穏やかで、昔のように船を浜に着けるのなら適したところでしょう。
 だからでしょうか? この浜が「神武天皇」が「東征」の時に上陸したと言われています。
 国道脇に神社の所には看板が出ていますが浜辺には取り立てて何も無い感じです。
 「神武東征」は大和朝廷の始まりに繋がる日本の歴史?神話?では大きなことですよね。
 その割にこの場所も「名所」になりません。
 その「神武東征の軍勢」が遭難しかけて助けられたという伝説が、熊野市二木島にありますね。
 それを由来にしたとか言われる「船こぎ祭り」も子供が居なくなったと言うことで数年前に無くなりました。
 古事記だとか日本書紀の記述は実際の歴史では無く神話のようですし、大和朝廷によって作られたということで、戦後、冷たくあしらわれてきましたね。
 ここに上陸して大和に攻め上った時に協力した豪族の象徴が「八咫烏」でサッカー連盟の旗印になっていますね。
 その割にそれと南紀は結びつきません。
 伊弉冉・伊弉諾も有馬に伝わる神話だし…
 まさに、「神々の里」なんですね。
 でも、日本は仏教伝来以来仏教国だし…
 天照大神よりは弘法大師の方がもてますね。
 まあ、この浜を見れば「ここなら上陸したかも…」と納得はしますが、なんでこんな所に上陸して北に向かったのは不思議です。
 古代にはまともに道も無い紀伊山地越えですからね。



by je2luz | 2018-10-29 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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