LUZの熊野古道案内

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2018年 08月 22日

熊野大花火大会 考4 地元近隣との関係

 かつて、「木本の花火」と言われた昭和前半では、遠くは天王寺から汽車に乗って花火見物に来る人もいましたが、近在、近隣の村町からの見物人が多くを占めていました。
 その為に列車だけでは無く、国鉄バスや三重交通のバスも臨時便を走らせていました。

 花火の開始時間は今と同じ19時頃でしたが、鬼ヶ城大仕掛けが終わるのは午前0時を回ったものです。
 打ち上げ花火の間隔がかなり長くのんびりした進行でした。
 今のように電気仕掛けの点火では無く火種を持って走り回っていましたからね。
 そんな花火でも他所の花火よりは華やかだったのです。
 それこそ木本中の家が「花火の寄付」は当たり前だと思っていたのです。
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 終わってから臨時の汽車やバスがあっても乗れない人もいるし、その頃はまだ残って居た映画館が終夜上映で寝場所を提供し、浜では雑魚寝する人が沢山居ました。
 そんな長丁場ですから腹も減るし、喉も渇くし、今よりずっとお金を使ったようです。
 お金を使うのを「金を落とす」とも言いますが、実際に浜で金を落とす人も多くて花火が終わると木本のやんちゃ坊主達が浜を懐中電灯で照らしながら広い回ったものです。
 近年は短時間だし買い食いもしないし財布が落ちているなんてあまり無いようです。

 それは良いとして…
 このところ花火が終わってからの見物客を見ていると、近在の人をほとんど見掛けません。
 二丁目発・山間部行き臨時バスなんて無いようですし、自家用で来ても有馬・金山の駐車場から会場までの道中を考えると億劫になる様です。
 金山の天辺だと評議峠越えで小坂に着くほどですからね。
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 別に近在の人に見に来て貰わなくても… と言う意見もありますが、それで良いのでしょうか?
 駐車場の整理などには近在の消防団員を動員して居ます。
 そして公金も入っています。
 「観光振興」「郷土の誇り」…???
 やっぱり、地元の人に「熊野の花火はええで!」と思われ、好かれてこそ価値があるのでは無いでしょうか?
 そして、「口コミ」も期待出来るでしょう。
 SNSの活用がうまくない田舎ですが、地元の人の口コミはまだまだ大きいと思います。
 私一人のブログよりは10人の口コミの方が・・・

 人手不足、資金不足が進行してきた時、地物の人のバックアップ無しでは存立出来ないでしょう、
 難しいけど、一度立ち止まって考える時期かと思います。



by je2luz | 2018-08-22 04:18 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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