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LUZの熊野古道案内

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2018年 01月 02日

上流でせき止めるな! 1

 熊野は昔から「僻地」「辺地」だったのだと思います。
 「神々の時代」のように大きな田んぼが力の根源と言うのではない時代には、このような平地が少ないところでもそれなりの重要な土地になりえたかもしれませんが…
 そして、辺地ゆえにわざわざ訪れる人がいる面もあるでしょう。
 さほど立派な宗教施設など無いのに古くから「熊野信仰」が人気を博して遠くから参拝者がやって来たようです。
 そこに住む人以上に深い山々などに神秘性とか魅力を感じたのかな?

 今も昔も「人のうわさ」って動員力がありますしね。
 「熊野比丘尼」「熊野ゴゼ・瞽女」なんて宣伝隊が江戸をはじめ全国を歩いていたりしたそうですね。
 なんだかんだで「熊野詣」がありの行列ほど盛んになったのだとか…

 熊野巡礼道の上流には「お伊勢さん」があり「伊勢信仰」「伊勢参り」がこれまた盛んだったようです。

 「伊勢に七度、熊野に三度」と言われるようにセット???
 江戸からくれば同じ方向ですからね。
 でも、お伊勢さんから熊野三山までは山また山の難路です。
 鉄道の時代でも車の時代でも、伊勢で気合を入れなおさないとここまで来られません。
 そんな条件ですから、昔も悪知恵?を働かすのが居たようで、伊勢に熊野三山の分社?を作って、そこで三山参り済ませられるようにしたことがあるようです。
 それが邪魔して熊野詣が減ったと言って、有馬かどこかの若い衆が打ち壊しに行ったのだとか…
 どうしても熊野詣して来世の成仏を約束して欲しい悪人・罪人以外は楽な方で済ませるのでしょうね。
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 今の時代でも、伊勢から熊野は遠いです。
 昔以上に時間が許されない生活の中のレジャーですからこの片道100Km余りは遠いようです。
 「伊勢・祭り博」も時の知事がはやし立てたようには観光客は南下してくれませんでした。
 そして、「伊勢志摩サミット」も同様で、後遺症で土木事業まで減るなんて始末でした。
 広域観光も大切なのですが、伊勢路と熊野路の関係って難しいところもあります。

 伊勢にはいろんな大型施設が出来ましたね。
 「スペイン村」「戦国時代村」「合歓の郷」なんてのも出来ていましたが、時代とともに華やかさが消えていたようです。
 ところが、消えかけていた「戦国時代村」が大資本?のテコ入れで再生されるのだとか…
 これって、こっちにはプラスには働かないでしょうね。
 言うなれば上流に堰を作るようなものですからね。
 宣伝力も大きそうな感じですし…



by je2luz | 2018-01-02 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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