LUZの熊野古道案内

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2006年 01月 13日

熊野の旅 鵜殿村消滅・・・三重県に村は無し・・・

 以前にも書きましたが『日本一狭い村』として全国に知られていた独活の村がとうとう姿を消しました。地形的には合併先の紀宝町の懐に抱かれたような形ですから合併して不便になるとかは無いでしょうね。学校も鵜殿だけでは小さすぎるため紀宝町と共同の組合立でやってきたのでそうした面でもあまり変わらない感じですね。村内に県道が一本も無い村でした。40年経っても出来上がらない42号線のバイパス工事が完成すれば国道もなくなるはずの村でした。何せ、2Km四方しかないのですからたまたまそこを通る以外はたいそうな道が要る面積ではなかったわけです。
 いくら狭くても立派な自治体だったわけですがお上の意向には逆らえないのですね。ある意味ではまともな役場も無かった紀宝町に少しまともな役場が出来、紀宝町全体を見れば役場に位置も良くなった感じはしますがね。
 町名は『紀宝町』です。50年ほど前の昭和の合併の時にも合併話があったところです。鵜殿村が紀州製紙の城下町で全国でも珍しいほど裕福だった時代なので合併しなかったのです。今では紀州製紙も操業は続けていますがかつてのように専用貨物列車が原料も材木や漂白用の苛性ソーダをどんどん運ぶような創業状態ではないようです。神のロールを積んだトラックもあまり見ないくらいですから・・・
 この合併によって三重県から『村』がなくなりました。鵜殿・美杉・大内山など一杯あったのですが、村の歴史は終わりました。
 『市』がうんと増えて残りは『町』になったのですが現実には山間部の村は町どころか村の形態をなさないほどの過疎が進んでいます。形態をなさなくなってきたので合併したとこrも多いようですね。鵜殿村は村にしては珍しく過疎に遭わないところでしたが財政難には襲われたようです。
 合併しても鵜殿の地名と鵜殿駅の名前は残ります。


by je2luz | 2006-01-13 12:38 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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