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LUZの熊野古道案内

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2005年 12月 26日

熊野の旅 消える村 鵜殿

 2006年1月9日、全国にもそこそこ知られていた『日本一狭い村・鵜殿村』が消滅します。10日からは隣の『紀宝町』と対等合併して?『紀宝町』になります。名前は紀宝町になり役場は今の鵜殿村の物を使うようです。役場を取って名前を捨てたようです。
 鵜殿という地名は古くある地名で紀宝と言うものは昭和の合併で考え出されたものです。元の井田村、相野谷村などが合併したものです。地形的には小さな鵜殿村をすっぽりと包み込むようになっています。だから、合併して当たり前のものです。
 鵜殿村は『紀州製紙』の城下町です。工場と社宅などを含めると一割ほどが紀州製紙のものというくらいです。
 昔は製紙工場も景気が良かったので固定資産税や償却資産税の他に、いろんなことがあるたびに巨額の寄付が貰えたので、城下町の鵜殿村は裕福でした。田舎の市町村はずっと地方交付金に頼っていましたが鵜殿村は近年までもらっていませんでした。しかし、近年は製紙業界も苦しく、新宮市にあった『巴川製紙』が閉鎖なったくらいです。紀州製紙もいつまで操業が続くか不透明です。
 こんな状況から鵜殿村が単独でいるメリットが無くなって合併を選んだようです。
 それにしても、熊野川の河口に鵜が群れていたであろう『鵜殿』もこれで単なる字名になってしまいます。
 熊野地方は合併も少ないのですが、このようにしてなじんできた地名がここ数年でたくさん消えてゆきました。紀行文を読んでもよく分からないようになってくるのでしょうね。紀行文の欄外に古文の参考書のように一杯注釈がつく時代になるのかもしれませんね。


by je2luz | 2005-12-26 10:47 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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