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LUZの熊野古道案内

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2017年 05月 16日

熊野の旅 沖縄

 5月15日は沖縄が日本に返還された日だそうですね。
 私が子供の頃・・・
 沖縄はアメリカの統治下でした。
 私が小学生のころ、沖縄の子と文通していました。
 糸満の運天新一くんだったと思います。
 その頃は「ペンパル」などと言いましたね。
 そして、運天君から贈られてきた紙幣は「B円」というものでした。
 米軍が発行したものですね。
 飛鳥の実家のどこかにあるのかなと思います。
 その後、一時期は米ドルになって、本土復帰になって普通の円に戻ったのです。

 大人になってから一度だけ沖縄に行きました。
 「沖縄海洋博」というやつです。
 製材所の慰安旅行で従業員を引き連れて行きました。
 博覧会の記憶がほとんどありません。
 「オリオンビール」がまずかったのは覚えています。
 生ぬるかったからでしょう。
 他に覚えているのは会場周辺に出来ていた便乗土産物屋さんなどが大赤字だったことですね。
 それと、行きの大阪からの汽船が春の嵐に遭遇し、途中で屋久島の島影に入ったり・・・
 うんと遅れていた船の朝食に食堂に行ったら誰も来ていなかったこと・・・
 スクリューが空回りするような揺れ方した夜が明けた時でしたから「食えるやつ」は希でしょう。
 私は「根性」で食べに行っただけでした。
 他は・・・
 嘉手納基地かな?
 そこの道路をバスで走っている時にB52が降下してきて上を横切った時の不気味さですね。
 あの飛行機はその機能だけではなく姿自体がお化けですからね。
 その時みんなが言ったのは・・・
 「沖縄の人は怖ろしいじゃろうのう・・・」
 と言うことでした。
 もう一つ、沖縄に配属されていた人が従業員に居て、那覇に入港する時・・・
 「昔と違う!」と叫んだことです。
 陸の形が変わるほどの艦砲射撃を受けたのです。
 その人は本土から小さな島の守備隊に回され・・・ 
 「おまえら気の毒に一番先にやられるぞ!」と言われて送り出されたのですが、米軍が見向きもしない小島だったので、真っ直ぐ本島に向かったので助かったのだそうです。
 海は米海軍の灰色の船で埋め尽くされるのを呆然とみたそうです。

 沖縄では私の叔母の旦那さんが戦死しています。
 何だかんだと少しは沖縄の戦争にも触れることもありました。

 親父は中支、親父の弟はビルマで戦死・・・
 私が反戦を通すのはそうした背景もあると思います。
 でも、中国人・ビルマ人・アメリカ人などに恨みなどありません。
 人間の馬鹿さ加減、官僚の馬鹿さ加減、軍というものの怖さは考えますけどね。
 日本軍も中国人民軍も本当には国民は守りませんでした。
 守ろうとしたあがいたのは個々の兵でしょう。
 軍組織って軍を守る事しか考えないようですから・・・
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by je2luz | 2017-05-16 04:14 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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