LUZの熊野古道案内

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2016年 11月 21日

熊野の旅 七里御浜 有馬海岸松原は・・・

 熊野市木本から紀宝町鵜殿までの海岸は20Kmあまりにわたって緩やかに弧を描いた綺麗な砂利浜です。
 これは熊野川が太古から紀伊山地を切り崩し海まで押し流し、今度は黒潮流れる熊野灘の荒波が休み無く揺すり、運びながら角を丸めた石が積み重なったものです。
 この自然が作り上げた「七里御浜」が人間が自然に挑戦して作った「熊野川水系ダム群」によって、砂利の補給を絞り込まれて痩せています。
 ダムが出来て半世紀・・・
 さらに、ほんの少しの経済効果を狙って作った、突き出し港の「鵜殿港」がそれに拍車を掛けました。
 いま、砂利浜の保全対策が講じられているのは木本海岸600mほどだけです。
 
 昔から、台風の高波に襲われ続けた沿岸では海辺には人家がほとんど無く、緩衝地帯に松原が作られていました。
 この見事な松原も、戦後輸入したパルプ材にくっついてきたと言われる「松食い虫」によって、ほぼ壊滅状態です。
 松食い虫の正体は、目に付く「甲虫」ではなく、そいつが運ぶ「線虫」だそうです。
 若い松は根っこに線虫が付いても枯れないのですが、中年以降だと根を再生出来ずに枯れるのだそうです。
 補充で植えた松も少し大きくなると葉が赤くなり枯れてしまいます。
 初夏に立ち入り禁止にして消毒をしても、「線虫」は土の中ですからほとんど効き目が無いのだとか・・・
 松食い虫に耐性のある品種を作るという研究も随分なされたようですが、出来ていないのか、出来ても使って貰う予算が無いのか・・・
 今では「松原」では無く「雑木林」ですね。
 松のように高く育つ木も少ないので、「防風林」の役目はすこし下がるでしょうね。
 かくして、「白砂青松」という日本の海岸風景がほとんど消えたのです。
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 七里御浜は松原が消えかけても、まだ、テトラポッドを積み上げた海岸までは落ちぶれていませんが、日本中がそんな海岸になって来ましたね。
 テトラでは浜は守れません。
 潜堤なら少し守れますが、もの凄く高いので・・・
 こうした台船で工事するのはテトラと同じ様ですが、テトラはドボンドボンと投げ込んで積み上げるだけですが、木本海岸の「潜堤」は潜水夫の誘導できちんと組み合わせて積み上げてあります。
 だから、隙間だらけで足元の砂利を減らすテトラとは効果が違うのです。



by je2luz | 2016-11-21 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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