LUZの熊野古道案内

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2016年 11月 09日

熊野の旅 今夜は釜の平・中の茶屋

 去年から市内各地を回って行って居る、「議員懇談会・語る会」の今年の締めだsと思いますが、今夜19時から「釜の平集会所」で行います。
 出向くメンバーは、第3班・・・久保・山田・山本・中田の4名です。
 熊野市議会を3班に分けて回っています。
 前にも書きましたように熊野市は旧熊野市でも8ヶ町村半でしたし、それに3村が合併した紀和町と一緒になったのですから、広いし集落も細切れで多いのです。
 人口17000ほどと言いながら、懇談会も28ヶ所にもなります。
 3班に分けても各班9ヶ所になるのです。
 今夜の「釜の平・中の茶屋」は実は追加したところです。
 有馬は広いので分割してあったのですが、「志原尻」とこの「釜の平ブロック」を一緒にしてあったのですが、現地の方で、「志原尻とはかなり事情が違うので分けてくれないか」と言う申し入れがあり、分離追加したのです。
 確かに、志原尻には旧青年クラブであった集会所があるし、釜の平には別の集会所があるほど別の集落なのです。
 外の物から見ると、七里御浜・有馬松原に沿って伸びる有馬町なので、何所から何所までが有馬・立石・芝園・中の茶屋・丁塚・釜の平・志原尻なのかよくわからないのです。
 有馬オークワの周辺では「松原」なんて表示もありますしね。
 かくかように、地域の課題などを考えるのは難しい所もあるのです。

 釜の平~も出て居ますが、有馬地内では産田川に架かる橋に対する不安の声は以前からあります。
 有馬オークワから久生屋に向かう道路の「池尻橋」は昭和33年(1958)に架けられたもので60年を経過しています。
 これも以前に久生屋の人に「大丈夫なのか?」といわれて建設課で確認したことのあるものです。
 構造的には「まだ大丈夫」というのが今の状態です。

 新しく出来た「しまむら」から「前田古物屋」を通って久生屋に抜ける道路に架かる「釜の平橋」は昭和43年(1968)の物で半世紀を経過しています。
 これも池尻橋と同じ「まだ大丈夫」と言う見解のものです。
 
 この両方の橋は、有馬地内の「芝園津浪避難タワー」「有馬第一公民館」「熊野市屎尿処理場」「志原尻津浪避難タワー」が整備されるまでは、山崎・久生屋の背後の山に向かう津波避難路だったのですが、今は、新しく整備された避難場所の方が近くて、海抜も稼げるので「津浪避難」に関しては重要性は下がっています。
 拡幅・掛け替えの要求もあるようですが、すぐにとは行かないでしょう。
 「落ちても良い」と言うことでは無く、他の事業との優先順位とかで判断せざるを得ないでしょう。
 旧鵜殿村のように狭ければ良いのですけど・・・
 野球場の方が急ぐとは私は思いませんけど、トップの判断では・・・
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 この熊野市クリーンセンター屎尿処理場の屋上が津浪避難場所になっています。
 スーパー「主婦の店」の裏側になり、釜の平や中の茶屋の住民やこの周辺のスーパーやホームセンター・衣料品店など大型店の買い物客もここに逃げることになるのです。
 右手のゼブラ模様のドアか簡単に破れるようになっています。
 最新の建物ですから耐震構造になっています。

 JRとの連絡が取れていないようですし、JRではこの二年で整備された避難場所はきちんと把握されていないと思われるので、働きかけるように防災対策課の方に申し込んでおきました。
 何所で列車を停めても、山に逃げるより熊野市の避難所に逃げる方が海抜を稼げるし近いはずです。
 列車のお客さんでも命は大事ですから・・・
 お節介かな?



by je2luz | 2016-11-09 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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