LUZの熊野古道案内

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2016年 08月 24日

熊野の旅 木本の浜・・・花火の見物席

 「熊野大花火大会」の見物席は、堤防の桟敷の他は七里御浜の北の端、木本の浜と井戸川河口ボックスカルバートまでの馬留海岸、そして、獅子岩までの松原海岸がメインです。
 発祥が「木本の花火」でしたから、今でも仕掛けや打上は木本ー馬留が一等地になります。
 鬼ヶ城東口、脇の浜に防波堤が出来てからはそこが安定した打ち上げ基地になったので、昔から主だった脇の浜が今でも生きています。

 熊野の場合、この防波堤も少し波がでると波が越すし、今は会場中心に据えることが出来るので活躍する「台船」も曳航してきて係留出来なくなります。
 三尺玉も沖合の筏の上ですから使えなくなるし・・・
 鬼ヶ城は一番先に波がなめる場所なんです。

 見物席の木本ー馬留の浜は「潜堤」の完成でもの凄く太って。20m以上前に出ているし、波打ち際の砂利の駆け上がりも大きくなって、波が浜を走らなくなって、うねり程度には強くなったのですが、仕掛けと打ち上げ場所が弱いので、波があると延期せざるを得ないのです。
 今年は、5-10号なんて台風が乱立しましたが、本当に運が良くて、ほとんどが、時季外れのコースを走ってくれて、波は出ないで済みましたね。
 そして後片付けの間もこっち向きにならなかったので助かりました。
 しかし、これからも、この波の問題はなくなりません。
 湖や内海では無いですからね。
 記憶では一番延びたのは9月1日だったかな?
 浜はがら空き、道も車無し・・・
 花火も可哀想だけど、スポンサーはもっと可哀想です。
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 同じ浜の続きでも、松原ー獅子岩ー花の窟神社ー有馬に掛けては、陸から波打ち際に掛けて一方的に下る形です。
 これは、熊野側から流下する石がダムの影響で激減したのが原因だと考えられます。
 最上流の井田海岸などは浜が消えかけました。
 なぜ、木本だけが太って居るのか・・・
 海中に作った「潜堤」が砂利の深みに落ちるのを食い止めているからです。
 まだ、七里御浜には砂利があるので暫くは大丈夫ですが・・・
 全体が井田海岸のようになってくると・・・
 50年?100年??
 50年先には多分まともな花火は出来ないでしょう。
 100年保ったら、木本の中心街としての役目が終わる?
 でも、国土は守らないと、大井川河口のように海岸線が100mも交代したら、道も汽車も走れなくなります・・・
 そんな所があちこちに出て来ていますから、次の手も考えておかないといけないでしょう。
 井田から有馬まで全部に潜堤築けばかなり長持ちさせられますが、木本の潜堤の規模の30倍・・・
 60億×30=1800億
 木本海岸の奇跡を30回起こさないと・・・
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 一昨夜で最後かなと思ったのですが・・・
 昼間も車では知った時には2-7ゲートは開いていませんでした。
 でも、念のため夜になって歩いてみると・・・
 1番のロックが掛かっていません。
 前回も同じパターンですね。
 このゲートは町からの道とは繋がっていません。
 この場所の脇が広いので車を停める人も居ます。
 干物のシーズンだと仕事で開ける人も居ます。
 仕事の人は終わったら閉めてくれていたのです。
 困ったことです。

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by je2luz | 2016-08-24 04:25 | Trackback | Comments(0)
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