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LUZの熊野古道案内

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2005年 12月 06日

熊野の旅 熊野の冬支度

 今ではすっかりなくなってしまった『冬支度』があります。
 これは熊野だけではなく全国にあったもので、今では趣味でやっている人以外にはめっきり減ってしまったものです。
 それは、冬のための薪集めと柴集めです。この辺では囲炉裏と言うものを家の真ん中に構えることは少なかったのですが、それでも冬はかまどでお湯を沸かし続けることが多かったのです。『ぶんぶく茶釜』に出てくる茶釜が『おくどさん』にかかって白い湯気を吐き出していたものです。
 こうして火をたき続けるには薪もたくさん要ります。そして火をつけるときには『焚付け』と言われる物が必ず要ります。新聞紙などと言うものは貴重品でした。昭和20年代ですと新聞を取っている家は1/3位でした。もちろんチラシなんてありません。そのために、『焚付け』は良く燃える物を集めました。大豆の収穫後の茎の部分などは最高でした。稲のわらは牛の餌をはじめ使い道が多く焚付けなどには出来ませんでした。
 そこで活躍したのがこのあたりで一番たくさんあるもの、『杉柴』です。伐採した山からは枝は薪に葉っぱは焚付けにと集落中の人が採ってゆきました。近くに伐採する山が無いときは、杉山に入り自然に落ちた杉の小枝と先に着いた葉の部分を集めていました。
 残しておけば腐って肥料になるのですが、伐採あとの枝の数は膨大で、次の植林の邪魔になります。昭和30年代ごろまでは上に書いた様に皆が持って帰るので山があらかた片付いたものです。40年代くらいからは全部『山あらけ』と言われる作業で固めて積み上げなくてはならなくなりました。
 なぜ『杉柴』で『桧柴』でないかというと、桧の方が脂があり生の葉っぱでもバチバチと音を立てて燃えるのですが、乾いて茶色くなり焚付けになる頃にはウロコ状の葉っぱがパラパラと離れて細い枝だけ残りごみだらけになるのです。その点杉は乾ききっても棘棘の葉っぱはそのまま残りますから『焚付け』に最適なのです。
 この杉柴を積み上げてあるのも見なくなりました。

 この景色は、古道歩きのお休みどころの『紀南ツアーデザインセンター』でいつでも見られます。しかし、杉柴の山はほとんど見られません。

by je2luz | 2005-12-06 13:02 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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