LUZの熊野古道案内

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2016年 05月 16日

熊野の旅 丸山千枚田

 熊野市には「日本棚田百選」に選ばれた、「丸山千枚田」があります。
 日本は険しい山が多いし、稲作文化ですからそうした山も水が確保出来れば水田にしてきたようです。
 畑と違い水田は高度な土木技術が必要ですね。
 水はどうしても高いところから低いところへしか流れてくれません。
 日本ばかりではなくアジアの各国で棚田がみられます。
 どうしてこんな所に住みついて水田まで作ったのだろう???と言う光景が見られますからね。
 余程喧嘩が弱かったのか、争いが嫌だったのか・・・

 丸山千枚田は険しい山の中腹から始まっています。
 生命線の水はそんなに遠くから引っ張っていません。
 横方向に走ることは困難ですから、利用出来る谷は限られたでしょう。
 多雨地帯とは言え、そんなに水量があるとは思えない谷水ですから、一滴たりとも無駄には出来なかったでしょう。
 山腹を巻くように作られた中小の田んぼ・・・
 畑なら、作りよい場所に平地を作れば済みますが、水田は水がきちんと来なければ稲を植えられません。
 一軒乱雑に見えるこうした田んぼも、きちんと計算し尽くされているのでしょう。
 トランシットなどと言うものも無く、水盛り道具だけだったはずなのに・・・
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 物の本では、「山の中の田んぼは見つかりにくいので年貢が掛けられなかったりしてたので、どんどん開墾されたのだ・・・」などと書いてありますが、千枚田となるとそんな話でも無いでしょう。
 丸山千枚田は1000枚を越す規模だとか・・・ 
 一年一枚のピッチだと1000年掛かっちゃいます。
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 この棚田・・・
 文化遺産としても価値はありますね。
 一度は山に帰り掛けていた千枚田を復活させようとしたのは北川正恭(現・早稲田大学大学院教授)さんが三重県知事の時代ですね。
 「東紀州」と、県南部を呼び、「北主南従」と言われる三重県の南北格差に手を付けようとしたアイディアの一つなのでしょう。
 費用対効果など抜きで取り組んだ事業だったのでしょうね。
 見事に復活させて、維持のための「オーナー制度」にも県職の方々が協力してくれましたし、今も協力してくれています。
 棚田にはオーサーさん方の名札が立てられていますが、その関係の札が今でも多いようです。
 私などは市議会議員一同でオーナーになっています。
 田植えや稲刈りに行きますが、私など田舎の議員はやりたがりませんね。
 子供の頃に少しは経験ありますから嬉しくないのかも知れません。
 なにしろ、私の子供の頃・・・昭和20年代から30年代にかけては、「田植え休み」「稲刈り休み」などと言う「農繁休暇」が小学校や中学校にあったのですからね。
 こうした棚田などにも丸山地区の子供達が労働力として頑張って居たのでしょう。
 まさに、人手だけが頼りの耕作ですから、子どもが居なくなる頃から一気に放棄されたのでしょうね。

 現状でも、費用対効果など口にすれば放棄するしかなくなるようです。
 「治山」の効果を加味しても合わないのでは無いでしょうか?
 オーナー制度の維持によって観光という看板もかぶせられるし・・・
 地権者の数もまだ沢山あるようですし、当然高齢化、不在化も進むでしょう。
 こうした事業では短期配置転換では無理なところもあるのでは無いでしょうか?
 「ふるさと振興公社」などは外郭団体とは言え気にはなりますね。
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by je2luz | 2016-05-16 04:22 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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