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LUZの熊野古道案内

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2016年 03月 30日

熊野の旅 記念通り・いこらい市

 「いこらい市」の「いこらい」は方言で「行こうよ」みたいな言葉から取っているはずです。
 始まった頃は物珍しさもあったし、近所の人もそこそこ集まったのです。
 そして、「常連さん」も見られました。
 都市部と違うのは、町中とは言え、流入してくる人はほとんど居ません。
 記念通り関連ではアパートが一棟出来ただけですね。
 そして、常連さんの中には他界された人も・・・
 お店の方も、初期には地元のお店や素人さんみたいな店もぽちぽちありましたが・・・
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 たまになら「面白い」で出店出来ても、恒例になってくるとくたびれても来るのでしょうね。
 毎月第四日曜・・・
 露天商・催事屋さんが飯を食えるほどには売れません。
 「サンマ丸干し振る舞い」「くまもん」「赤福」など、目玉のある時はそこそこ人は出ますが・・・
 こんな風に書くと叱られるのですが、公平に見ればこれが現実なんです。
 先日の「紀南病院内覧会」の時に。「いこらい市より人が多いかも・・・」と言ったのですが、あの内覧会には400人ほどの来場者があったそうです。
 何も無くても、「めずらしいから」だけでも人が出ています。

 昨年度分の「いこらい市限定割引商品券」の時でも、割引券自体が思うように売れず期限を延ばす羽目になったのも、このイベントの限界を示しているのでしょう。
 割引券が地方創生事業で発行されたのも、「思うように売れなかったこともほとんどの市民は知らないままです。

 「記念通り商店街」と言うもの、それと「いこらい市」の関わり・・・
 既存商店とテント掛けの店との関係もしっくりいっていませんね。
 来る人はほぼ毎回同じになってしまっているし、そのお客さんは「記念通りのお店」には見向きもしない・・・
 イベント会場の造りから言って、歩道上の店を見ろというのも無理だし・・・
 商店街という形態では無くなって居るし・・・
 核であった「オークワ」は既に無いし・・・
 どっちにしても波及効果はあまり期待出来ません。

 かつて、国鉄バスの車庫のあった場所が払い下げられた時、本町の商売人が下駄履き店舗住宅を建て、記念通りに移ってきました。
 7軒の店だったので、「セブンストア」を名乗りました。
 服屋・靴屋・饅頭屋・毛糸屋・・・花屋・雑貨屋・DPE・パーマ屋・家具屋・電気屋・マッサージ屋・パソコン教室なんて入れ替わって行きました。
 記念通りの入り口という恵まれていた立地なのですが、町の衰退でどの店も苦戦したようです。
 郵便局も移転したし、農協も関電も・・・NTTは無人に・・・
 8クラスもあった木本高校も・・・

 若い人の実験ショップも良いですが、商店を再編して商店街らしさを作るのはどうなのかなあ・・・
 当代限りの人に無理は言えないかな?
 最早、商店街での売り出しも出来ない状態なのでは無いでしょうか?
 役所の好きな「投資効果」を検証して今後の補助金行政を考える時でしょう。
 その為の部署も市役所にあるし、商人の団体の商工会議所だってあるのですからね。
 このままでは宣伝のしようも無いでしょう。

      
熊野市周辺地図です
 
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by je2luz | 2016-03-30 04:12 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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