LUZの熊野古道案内

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2016年 02月 29日

熊野の旅 一時の賑わい 小船梅祭り 2

 小船は小さな集落です。
 目の前を熊野川が流れ、川沿いにさほどの打ちも無い場所に出来た集落です。
 楊枝・小船・和気などの集落が集まって「上川村じょうせん)を作って居たのですが、昭和の大合併で西山村・入鹿村と合併し「紀和町」をつくり、平成の大合併で熊の市と合併したのです。
 山の中では無いけれど、目の前の川が大きくて急流なので意外と不便だったのです。
 今でも外に出るには山越えか橋で和歌山県側に渡る事になります。
 集落を結ぶ川沿いの道路は洪水の時には危なくて使えないでしょう。
 集落が危険なまでの洪水はそんなには無かったようですが、1889年明治21年の十津川大水害には、熊野川流域には大被害が出たようです、
 その時の経験でこの辺では、「ここからしたに住んではいけない」と言う言い伝えがあるとか・・・
 そして、この辺一帯を襲った12号台風関連の大洪水では同じくらいの水位まで水が上がったようです。
 その復旧にはボランティアの若い人が活躍し、その後も、「梅まつり」の実働部隊として活躍してくれています。

 小船の集落は人口13人と言われます。
 「梅まつり」には千人を越す人が来ると言われます。
 準備を含め数日の大賑わいですね。
 最早、集落ではおもてなしも出来ない様相です。
 その数650~700ほんと言われる梅林の手当も最早不能でしょう。
 難しいのは、「梅畑」で生活の維持が出来るのか・・・
 そして、もし、この集落をずっと維持するとすると、水道などの生活基盤維持にどれだけつぎ込めるか・・・
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 隣の楊枝も同様でしょう。
 「楊枝薬師」を維持するのも紺が大変になりますね。
 人気があっても、維持するだけの賽銭は集まらないでしょう。
 そして、戸数が減り続けると水道などの維持も困難になります。
 集落統合を考えないと無制限に税の投入も出来ないし、自己負担など出来る範囲を越すのです。
 社会はこうした問題をどんどん先送りします。
 旨く消えれば・・・と言うことなのでしょうね。
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 「手助けして祭をする」から「場所を借りて祭をする」に変化しつつあるのかも知れません。
 難しい問題ですね。
 
    

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by je2luz | 2016-02-29 04:16 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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