LUZの熊野古道案内

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2016年 02月 26日

熊野の旅 国境(くにざかい)確認

 以前にも書きましたが、私の住む木本町は紀州藩です。
 家から200m程南からは「新宮藩」です。
 元は同じ紀州藩ですが、江戸時代の終わり、安政二年(1855)に南牟婁の一部が新宮藩に編入されました。
 この村替えに、木本浦とか山間部の神川などが反対し、紀州藩の決定を覆して「紀州本藩」に残ったのです。
 その時に木本浦の人達の訴えを聞き届けてくれた和歌山藩士「吉田庄太夫」さんは責任を取って自害されたとか・・・
 その徳を忍ぶため木本神社には「吉田大明神」が祀られています。
 無理矢理村替えの変更で国境が出来たので、井戸川という解りよい区分があるのに、その当時の村境を国境にしたので不自然とも言える場所に線が引かれたようです。
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 この建物と建物の間の3尺に満たない小道が、藩と藩の間の境界線です。
 前方が海方向で市道・国道の向こうは七里御浜です。
 カメラ後方は小さな岩山で、そこに明治以降の村・町の境の小さな石塔が建てられています。
 「境界」「木本町」と刻まれています。
 間違いなくここが元の国境・村境です。
 あまりにも細い路地だし、今はそれをたどる道も途中で切れているので「知る人ぞ知る」と言う物です。
d0045383_0164111.jpg

 私が子供の頃・・・
 まだ、今の市役所の横、丸山町が沼だった頃、そして市役所前を県道が通るまでは、家から紀伊木本駅(現熊野市駅)へ行くのにこの細い道を通り、岩山の脇の細い小道で沼を回って行った記憶があるのでわかるのです。
 市道の古い「糸屋」の壁に付けられていた、世界遺産指定後に作られた国境の看板が、建物が取り壊されて今は保管されたままです。
 なんとか、建てようと頑張ってくれている人達が居ます。
 なにしろ、こんな細い国境なので建てる場所もままなりません。
 いかに無理矢理の村替え、無理矢理の変更だったか解る気がします。

 そうそう・・・
 この土曜日27日は紀和町小船の梅まつりです。
 新宮経由にしろ北山村経由にしろ、紀和町板屋経由にしろ、国道168号線三和大橋を使うのが解りよいでしょう。
 山道好きなら、紀和温泉湯ノ口からの山越えが楽しいですけどね。
 駐車場もありますから適当に行っても大丈夫でしょう。

    

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by je2luz | 2016-02-26 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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