LUZの熊野古道案内

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2016年 02月 23日

熊野の旅 田舎は明治以来・・・ そして、世界の田舎も・・・

 今日、2月23日は将来休日になる可能性があります。
 なぜ?
 「皇太子誕生日」だそうです。
 これが天井誕生日に変わる時には「平成」では無くなって居ますね。
 「元号廃止」なんて議論もあるようですけどね。

 昭和の中頃以降から平成へ・・・
 熊野市のような田舎の町はひたすら、過疎と高齢化の道を歩んできました。
 田舎でも団塊の世代はそこそこ子供は多かったのです。
 でも、金の卵と言われた中卒での就職時代・・・進学率の向上によって、県立木本高等学校だけだった旧南牟婁郡地域も「県立紀南高校」「近大・熊野高専」が出来、高校生の数だけ流出を遅らせはしましたが、やっぱり外へ・・・
 更に進学熱はもう一段上へ・・・専門学校・短大・四大へ・・・
 帰ってくるのは、市役所に入る数人、保母さん数人、先生が数人、銀行が数人・・・
 高学歴になると中小企業には来ませんし、跡継ぎも帰りません。

 前にも書きましたが、明治時代になり居住地が自由になると、田舎の親たちは、「立身出世」を子供達に教えました。
 出来が良ければ、「末は博士か代議士か・・・」
 丁稚奉公からでものれん分けで店の主人を目指すことが「男の甲斐性」と教えました。
 田地田畑を守る長男坊以外はそれが親の夢でした。
 「田舎へ帰って来いよ」なんて送り出す親は居なかったのです。

 「志を立て 郷関をいずれば 死すとも帰らず」

 貧乏だけど身体が強い次男坊以下は軍隊へ・・・
 軍功あげて出世せよと・・・
 その流れは明治ー大正ー昭和ー平成とほとんど変わりません。
 戦前だと行き先に満州とか南方とかが入りました。
 さらに、ハワイや南米も・・・
 敗戦が無ければまだまだ世界中に散っていったことでしょうね。
 私も次男坊で弥次馬ですから、満州に行ったやら南洋に行ったやら・・・

 田舎について一般論的に言えるのは、人口だけでは無く人材も不足すると言うことでしょう。
 ノンビリ出来る分、頭の中も段々ノンビリしてしまいがちなのでしょう。
 最初から外に出ない人、出たけど都会や近代社会に適合出来ない人、家庭の事情でしょうこと無く帰った人・・・
 私も東京が大好きだけど、都会で生き抜くだけのバイタリティーに欠けていたので戻って来ちゃった口です。
 少し歳になってから考えたのは・・・
 「ヴェトナムかインドネシアで暮らそうかな???」なんてことですからね。
 地球上どこででも生きて行ける自信はあるのですが、ややこしいのは嫌いみたいです。
 自分の周りに「理想郷」を作りたいのかも知れません。

 一昨日、テレビを見ていたら、1960年代の世界の流れや騒動が流れていました。
 私の思春期から青春時代の時期です。
 人間の連帯と理想主義・・・
 世の中若者は大人になると共に挫折したとか言いますが、私は未だに大人になれていませんね。
 そして、今でも「市民の力」を信じますからね。
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           ヴェトナム・古都・フエ
 昭和30年代の日本の姿を見るようなところです。
 ドイモイ政策で日本を目指した国で、まだまだ貧しいですが活気にあふれています。
 でも、若者はハノイへダナンへホーチミンへ・・・
 田舎の問題は既に起きているようです。
 声を掛けた若い子達、口を揃えて「日本に行きたい」・・・だそうです。
 すでに沢山の労働力がこうした国から入っています。
 日本の国と生産を維持するには、こうした人達と仲良く出来なくてはならないでしょう。

    

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by je2luz | 2016-02-23 04:20 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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