LUZの熊野古道案内

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2016年 02月 19日

熊野の旅 居なくなった虫たち 1

 昨日は「むかで・百足」について書きました。
 私達の身の回りには沢山の虫が居たのです。
 身体の中にも、「回虫」がいて「ギョウ虫」も居たのです。
 だから、私が子供の頃には学校で「海人草」なんて薬草を煎じたものを飲まされました。
 海藻ですし煎じると独特の匂いがして、泣き出す子も居ましたが、私は嫌いではありませんでしたね。
 「回虫」は「養分を横取りする」と、もの凄い悪者扱いでした。
 食べ物の少ない時には良くなかったのでしょうね?
 その時代、日本では肥料として下肥が使われていたので、養分の循環と一緒に回虫も循環していたのです。
 でも、今ではその渦中を撲滅しちゃったからアレルギー体質の人が増えたと言われます。
 サナダムシ、吸虫などと違い、大昔から日本人と共生してきた虫を滅ぼしたのが良くなかったのかも・・・

 他には「蚤」が居なくなりましたね。
 今では「猫蚤」「犬蚤」なんてのがのさばったりしても、「人蚤」が激減したようです。
 蚤も生活に密着していたのですが、こいつは良いこと下という話は無いですね。
 戦後になってDDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)なんて強力な殺虫剤が使われ、畳の下にまで撒いて住め無くしたのが効いたのでしょう。
 あのまま使っていれば癌が増えて、高齢化問題も起きないで済んだのかも…
 この辺にはあまり入ってこなかったけど、「南京虫」なんてのもほとんど居なくなったようです。
 東京の下宿で遭遇したことありますが、柱の割れ目などに潜んで触角がうごめく・・・
 こいつもいい話の無い虫です。

 「シラミ」も居なくなった虫でしょう。
 衛生状態が良くないと増えるのでしょう。
 これも戦後、学校でDDTを頭が真っ白になるほど降りかけて駆除して行きました。
 おそらく、進駐軍の意向もあったのでは無いでしょうか?
 下肥もやめろと言ったくらいですからね。
 今だと、発がん性問題でPTAが大騒ぎするでしょう。
 でも、あの、頭に直にDDTを何度もぶっかけられた、今の80代・70代の女の子・・・
 世界一長生きしています。
 農薬耐性てえのが出来て、もの凄く強くなっちゃった???
 でも、「毛ジラミ」は生き残ったのだそうです。
 これはお目に掛かったこと無いです。

 「蚊」も減ったのか、刺されることが減りましたね。
 「ヤブ蚊」「はまだら蚊」「あかいえ蚊」・・・
 今はどうのヤブ蚊の時代かな?
 「ひとすじ縞蚊」って呼ぶようになって来たようですが、へんてこな伝染病が入って来て有名な存在に・・・
 むかしは「日本脳炎」を媒介する「あかいえ蚊」が花形だったのですけどね。
 お墓の花立てまでひっくり返して発生を防ごうとしていましたが、「蚊」の撲滅は無理みたいです。
 スカンジナビア半島フィンランドの湖地帯でも夏場は蚊が一杯で、蚊取り線鯉を焚いていましたからね。

 これらは生活密着型の虫ですね。
 あまり良くない虫が多いようですが、昔よりは減って居るようです。
 でも、杉芝主体の「蚊遣りの香」なんてのでは無い強力なのを焚き続け、肌に虫除けを塗って・・・
 怖いことやって居るようにも思えます。
 戦後のれいから言うと、これで長生きになる???
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 ベトナム・フエですが、この国も冬だったからか蚊は居ませんでした。
 でも、サイゴンは暑かった・・・
 刺されませんでしたけどね。
 今は海外旅行で一番気をつけなくてはならないのは、食い物からのコレラより。「蚊」なのかも知れません。
 「日本脳炎」は騒がないけど、日本の蚊も段々信用出来なくなってくるのでしょう。
 温暖化で、もうすぐ「マラリア」も上陸してくるとか…
 尖閣諸島の一部から日本人が撤退したのもマラリアだったとか・・・

    

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by je2luz | 2016-02-19 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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