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LUZの熊野古道案内

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2016年 02月 09日

熊野の旅 昭和から平成へ 消えた物 2

 昭和は長かったです。
 そして、昭和が長かったから短いだろうと言われた平成も28年になります。
 一世代・one generationは30年と言われます。
 30歳くらいで子供を作ると考えれば、一世代が30年になるわけですし、長い目で見ればそうなるのでしょう。
 昭和が二世代分、平成が一世代・・・つまり、三世代分ですから世の中が移り変わって当たり前でしょうね。
 
 昭和は戦前と戦後に分けて丁度よい感じなのかも知れません。
 世の中の体制も生活様式も科学技術もその辺で大きく変わりましたからね。
 だから、私が子供の頃の戦後の復興期が一段落する頃からは、古いものが消える速度が速かったように思います。

 大家族も一気に減りました。
 戦時中の「生めよ増やせよ」が効いたのか、それに輪を掛けた戦後の復員兵士の増加で、私の前から少し後に掛けては、5人兄弟なんてざらでしたし、10人以上もびっくりする数ではありませんでした。
 「貧乏だから産めない・・・」は今の考えですね。
 世界中見ても、貧乏な国ほど子供が多いのです。
 日本でも、「貧乏人の子沢山」が普通の言葉だったのです。
 と言うことで、60年ほど前から「大家族」が消えて行きました。

 大家族が消えて、「おさがり」なんてのも減ってしまいましたね。
 子供の頃には服なんて「おさがり」が当たり前だったものです。
 長男でさえ、親戚の家からのお下がりだったり・・・
 「リサイクル」なんて感覚では無く「生きるための常識」だったわけです。
 そして・・・
 継ぎの当たった服や靴下もどんどん減りました。
 子供服を下に下ろすなら継ぎを当てないと着られませんが、その子だけならよほど暴れないと保つからです。
 それに、人絹だとか再生繊維を使った衣料が消えて行き、ナイロン、ビニロンなんてのが出てくると耐久性もよくなったし・・・

 物の無い時代に横行した、「押し売り」なんてのは、警察が取り締まっても無くならなかったけど、ものが出回ると来なくなりました。
 「昨日ムショから出たばっかりなんだけど・・・」 と言うのが決まり文句だと漫才のネタになるほど普通のものだったのです。
 祭や夜店の「ゴム紐」「服地」の測り売りなんてのも、同じですね。
 実演販売の要領なので、2m買うと、目の前で物差しで測っておまけまでしてくれるのに、家に帰ると2mも無いのです。
 ゴム紐なんて伸びるのですから簡単にごまかせますが、キャラコだとかスフなんて生地は伸びないのに、手品のようにごまかしちゃうのです。
 その時代だと、「オレオレ詐欺」に掛かるほど金を持ったおばあちゃんなど居ませんでしたから、こうした小悪党が跋扈したのです。

 私鉄の三重交通より信頼されていた、「省営バス」・・・「国鉄バス」も、紀勢本線の全通で縮小され、国鉄民有化の流れの中で、この辺からは姿を消しました。
 私が物心着いた頃には、「日本国有鉄道」で、「鉄道省」が走らせている「省営バス」では無かったのですが、暫くは「省営・ショーエイ」と呼ばれていました。
 車体には誇らしげに「ツバメ」がついていました。
 プロ野球の国鉄球団も「スワローズ」でしたからね。
 なんと言っても、日本一の特急列車は「つばめ」でした。
 国鉄バスを「ショウエー」と呼んでいたのは、田舎だからじゃあ無いんですよ。
 東京でも昭和30年代終わりまで、山手線を「省線」と呼んでいる、生粋の東京爺ちゃんが随分居たものです。 
 ちなみに「山手線」は「やまのてせん」で「やまてせん」じゃあ無いってえのもその爺ちゃん達の口癖でした。
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 バスと言えば、この辺まで伸びてきていた「熊野交通」や「奈良交通」も路線が無くなってしまいました。
 そう言えば、東京池袋・大宮行きの夜行バス・・・
 三重交通と西武鉄道の共同運行で、三重交通のバスと西武のバスがあったのですが、最近「西武」のを見掛けませんね。
 朝霞の辺りの路線バスの車内放送で「南紀への旅は夜行バスで・・・」なんてやって居たのですが、今でもやって居るのかな?
 この夜行バス・・・一泊浮かせられるし、新幹線より安いし・・・
 若くて体力あれば旅に使えるのですが・・・
 東京ー大阪などのような各社競合路線よりは高目ですけどね。
 これも消えないで欲しいものです。

 何しろ、紀勢線利用でありがたかった、「夜行列車」がとうの昔に消えて居ますからね。
 「急行・那智号」・・・東京着時間の関係で実にのんびり走っていました。
 多気で鳥羽発の「伊勢号」と合流し、時代によっては名古屋で「能登」とか「出雲」と合流していました。
 寝台車を引っ張っていたので、それを利用しました。
 「ブルートレイン」なんて気の効いた呼び方はしませんでした。
 私の頃は「急行」ですし、寝台車は「ハネ」です。
 こんなのも消えちゃいましたね。 

    

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by je2luz | 2016-02-09 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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