LUZの熊野古道案内

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2016年 02月 08日

熊野の旅 昭和から平成へ 消えた物 1

 このところ、きのもと・井戸などでお店などどんどん消えて居ます。
 どんな物が消えていったのか考えてみました。

 木本で言えば本町通りは江戸時代の地図にも一応出てくる町でした。
 水が無いので住宅には向かなかったようですが、少しずつお店が出来ていったようです。
 「記念通り」は都市計画で作られた通りで、昭和になり皇紀2600年の時に作られたものです。
 その裏側の栄町などは「新開地」と言われるほど新しいのです。

 井戸町松原は古くからの町で、明治期に井戸川に橋が架けられてから浜街道賭して栄始めたようです。
 その他の井戸町赤坂・井土なんてのは戦後昭和30年代後半から埋め立てられた新興地です。

 取り立てて産業も無いこの辺が賑やかになったのはやはり鉄道が出来、「紀伊木本駅」から「天王寺」まで結ばれてからみたいです。
 この先は「巡航船」そして「省営バス」しか無いので、嫌でも泊まらなくてはならないとか・・・
 私の記憶にあるだけでも、宿屋は・・・
 「亀齢館」「酒甚」「吉住」「朝日館」「御浜館」「観海荘」「あさぎり」「春風館」「淸玉」「喜代館」・・・まだまだあったはずです。
 「紀南荘」「みはらし」「畑井」「平谷」「やまかど」「かんぽの宿」「かわかみ」「なみ」などは随分後みたいな気がします。
 しかし、今残って居るのは???
 入り込み客が増えても、「旅館」は成り立たないようです。
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 食い物屋では・・・
 「御浜食堂」「西山食堂」「熊野大食堂?」「喜楽」「まつや」「初音」「みはと食堂」「一休」「川口屋」「松田食堂」「はまゆう」「幸すし」「千代寿司」「くるま寿司」「田」「スマン屋」「竹林」「東京寿司」・・・覚えていないところも沢山

 饅頭屋・キャンデー屋・駄菓子屋では・・・
 「小松屋」「長嶋屋」「いわもと」「今源」「和田松」「さの」「やまと」「白玉屋」「清水製菓」・・・

 飲み屋・割烹では・・・
 「きよみ」「ひさご」「すぎむら」「タイガー」「きぬがわ」「キング」「みはらし」「はるさめ」「はまゆう」・・・

 映画館では・・・
 「明治座」「新明治座」「丸山映劇」三つも・・・
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 こんなのほんの一部なんですが、今残って居るのはほとんど無いように思います。
 町の中心が移って行くと言うのでは無く、消えて行くのですね。
 私も、飲みに出なくなったし、子供無い無くなってからは外食も無いし、買い物はスーパーか通販がほとんど・・・
 昔ほど「欲しいもの」が無くなって居るし・・・
 昔よりものの品質が上がって長持ちするし・・・
 クリーニング屋さんの頼まなくてもYシャツなど洗えるし・・・
 人口減だけでは無いようです。
 車だって、5万キロほどしか保たなかった国産車が軽でも10万キロ以上保つんですよね。
 私が最初に来るなを買った頃は二年ほどで買い換えるのが常識だったのです。
 今では私のVW UP!でももう三年です。次の車を買うことは無いでしょう。
 ものが売れないはずですね。

 この写真・・・
 三丁目に鉄塔があります。
 まだ警察が本町にあったのですね。
 百五銀行も紀南信用も電電公社も本町です。
 昭和34年(1959)年・要害山から・・・
 NIKON F 105mm f2.5

    

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by je2luz | 2016-02-08 04:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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