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LUZの熊野古道案内

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2016年 02月 06日

熊野の旅 昭和に聞いた昔の話

 私が子供の頃にには、地元の昔話が普通に聞かれました。
 坊やー よい子だ ねんねしなーー なんて、昔話では無く、普通の話でしたね。

 飛鳥でも小阪だと、「平・だいら」ではキュウリを作りませんでした。
 その謂われは・・・
 今は水泳場になっている「くらもと」に「がろぼし・カッパ」が住んでいたのだそうです。
 そして、その「がろぼし」は悪いやつで、淵の下の瀬を渡ろうとする牛を引っ張り込んだりしてみんな困ったのだそうです。
 えらい坊さんに頼んで「がろぼし」退治をして貰ったら、捕まった「がろぼし」が言ったのだそうです。
 「これから平でキュウリを作らんといてくれたら、悪さはせん」
 と言うことで、平だけがキュウリを作らなくなったのだそうです。
 事実、私が子供の頃にはキュウリは作りませんでした。

 この話がおかしいのは・・・
 「がろぼし」が普通のカッパならキュウリは大好物のはず・・・
 「キュウリを一杯作って供えてくれたら・・・」では無いんですよね。
 「平」以外の向かいの「佐田」や「相ヶ谷」上の「本郷」ではキュウリを作れるのだし・・・
 もう一つ・・・
 農協が「種キュウリ」の栽培をしたくなった時、組合長が平の人だったので本郷のお寺のお上人様に祈祷して貰ったら、キュウリを作れるようになったことです。
 なんだか、簡単な話ですね。
 でも、もう、牛を飼っている家が無くなって居たのでこの伝説の真意の確かめようがありません。
 多分、はじまりが江戸期でお終いが昭和という話ですね。
 今では、「くらもと」に「カッパの供養塔みたいなのが立っています。
 そして、私の頃でもそうでしたし、今でも「くらもと」は大又川一番の水泳場です。
 今では市営のトイレも水道も完備しています。
 丸木橋だった橋も、吊り橋になり、今では永久橋になっています。
 橋の名前は「浅見川橋」です。
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 ここが「くらもと」です。
 緑色の深い淵のところを「どんぼ」と呼びます。
d0045383_2395262.jpg

 そばには後の崖から剥がれ落ちた大きな岩が重なっています。
 「重なり岩」と呼んでいますが、とてつも無く大きな岩で、水面下には大きな空洞があり、「がろぼし」が隠れていてもおかしくないです。
 今はすぐ上に「新道・国道」が作られ、「へりみち」と呼ばれて明るくなっていますが、それまでは木が茂って暗かったはずです。
 この空洞は奥行きも深く、暗いので、潜るとウグイなどがぎらりと光って居ます。

 すぐ上はゴロ場の瀬ですし、この重なり岩はあるし、浅い「ナベラ」もあるし、流れの緩やかな「ドンボ」はあるし・・・
 その下の「瀬」のところは浅いので流される心配も無いし・・・
 これに「公衆トイレ」「水道」が完備なのですから、最高の川遊び場です。
 それでも、近年は遊びに来る人が減って居ます。
 駐車場は無いのですが、市道が少し広いので10台くらいは停められます。

 お店も自販機も無いですからものは持参すること。
 ゴミは必ず持って帰ること。
 民家が遠くても夜中には騒がないこと。
 雨が降ったら川原から待避すること。
 平にはほとんど居ないはずですが「ハンビ・まむし」には気をつけること。

    

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by je2luz | 2016-02-06 04:24 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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