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LUZの熊野古道案内

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2016年 02月 02日

熊野の旅  昭和まで少し残って居た昔 3

 昔の子供の遊びを書いています。

 今と違い、遊びにさほど元手が掛からないのです。
 日本全体が貧乏でしたから、田舎の子供はおもちゃなど買って貰えませんでしたからね。
 私は恵まれていた方なのですが、小さい時に買って貰ったおもちゃは「ブリキのジープ」だけ位です。
 あの頃のブリキのおもちゃは裏側に色んな模様がありました。
 なにしろ、アメリカから来る空き缶を再利用した物が多かったですからね。
 裏はアメリカの缶詰模様、表は日本で塗ったおもちゃ・・・それがもう一度アメリカに輸出されて・・・

 遊び道具が無くても、子供の空想力は何でも思った物に化けさせます。
 川原の竹は刀・槍・旗指物に見えるし、板切れは「戦艦ヤマト」にも「零戦」にも「ジープ」にも見えたのです。
 高学年になればノコギリで形を作り、釘でくっつけたり・・・
 その釘でも新しいのなんか使えませんから古釘を伸ばして・・・
 何しろ鉄くずを売って小遣い作った時代ですから、その古釘も貴重だったのです。

 そんな無限の空想力のある子供達が消えていったのは、戦後の復興期で物が出回った頃からでしょう。
 世の発明家なんてのも戦中戦後の物の無い時代を経験した人が多かったようです。

 こんな時代の男の子の大事な宝物・・・
 「肥後の守」です。
 折りたたみの小型ナイフ・・・
 上手に研げば恐ろしいくらい切れました。
 男の子はこれ一丁で遊び道具を作りだし、鉛筆も削り、自分の手も随分切ったものです。
 私の指にもこれの切り傷が残って居ます。
 この家のどこかにも「肥後の守」が一丁あるはずです。
 これを研げるようになれば一人前・・・
 その遺産として、私達の世代までの田舎育ちの男は包丁が研げます。
 「肥後の守」に比べれば包丁なんて研ぎよい物なのです。
 包丁も研げないのは日本男児じゃあ無かったのです。
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 この「肥後の守」も教育ママなんて種族が目を覚まし出すと禁止されました。
 「危ない」のだそうです。
 鉛筆削り用に出て来たのが折りたたみの片刃の安全がみそり・・・先がとっがって居ませんからね。
 でも、「優しいお母さん方」から見ると、やっぱり手を切るから「危ない」物に見えたようです。
 それまで禁止に・・・
 で・・・
 自分の指も切ったことが無い子供には「痛み」なんて実感出来ないから、人様を平気で切っちゃうのです。
 まっとうな喧嘩もしたことが無いので、物は持つ、足で蹴る、首を絞める・・・
 で・・・
 殺しちゃうのです。
 「優しいお母さん方」が凶暴な子供を作っちゃったのです。
 なんて言えば叱られるのでしょうね?
 「人には優しく」「人命は地球より思い」って、ちゃんと教えています! と、噛みつかれそうです。

 水辺の方でも昔の子供は一杯遊びを工夫していました。
 「水泳」なんて、小さな子供は「フリチン」でした。
 女の子も小さい時は真っ裸・・・
 そして、木綿のズロース・・・「あま」がブラの付いた水着なんてありませんでした。
 小さい時はイモリのように手をついてごそごそと・・・
 大きな兄ちゃんに手を引かれて少しバタ足やって、つぎは放り込まれて自動的に泳げるように・・・
 
 小さい時は、手拭いでメダカやガブ(かわはぜ)をすくって遊びました。
 ガブなんてヨモギの根っこにガロジの切ったのを縛っただけで釣れましたしね。
 ちょっと大きくなれば「へし・かなつき・モリ」を買って貰って、魚を追いかけ回します。
 息が長く続き、魚突きが上手いことも「ガキ大将」の条件でしたね。
 だから人知れず努力したんですよ。
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 魚を捕るのも、釣り以外に、竹を割って朝顔状にした「逆もどり」なんてのを作り、川の浅瀬を石を並べて魚の進路を制限して水の落ち口におびき寄せて獲るのもありましたし、そうした石のバリケードの中で魚を追いかけると岩陰に入って隠れたつもりの「赤バイ」や「たいしょうバイ・オイカワ」なんてのを掴まえました。こいつ等は少し馬鹿なのですぐに隠れたつもりになし、身体が滑らないので素手でも掴みよいのですが、「うぐい」は馬鹿じゃ無いし滑るので掴まえにくかったです。
 他には寒い時期は「石こづき」と言って、川岸の岩の上に自分が持ち上げられるだけの大きな石を叩き付け、ショックで魚が脳しんとうを起こして浮いてくるのを掴まえたり・・・
 つまり、川があればサバイバル生活が出来る技は身につけていたのです。
 そんな遊び・狩猟方法も伝承されなくなっていますね。

 大又川は砂地の大川と違うので流れにバリエーションが多く、遊びも多様化していました。
 いまでも、この川でなら、自生している竹で竿を作ってあり合わせのテグスと針で魚くらい釣れますし、何も無ければ岩に手を突っ込むとか、いしこづきで魚は捕れます。
 ただ「石こづき」は足が怖いです。
 昔の子供の怪我するのが居ましたからね。
 やれば骨を砕く重傷です・・・
 一応、これは学校では無く大人から禁止されて居ました。
 だから、餓鬼どもを引き連れている時にはやりませんでした。

 まだ続きますね。

    

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by je2luz | 2016-02-02 04:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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