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LUZの熊野古道案内

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2016年 01月 28日

熊野の旅 熊野の誇り 何でも寿司文化 2

 一つ前では、「サイレの寿司」と「こぶの寿司」など書きましたが。この辺では、新鮮な魚が手に入ったからでしょう・・・昔はよく寿司を作っていました。
 『握り』では無く、「姿寿司」「押し寿司」の系列です。
 「うるめ」でも「アジ」でも「カマス」でも、新しいのがあると酢で少し絞めて、寿司飯の上にので、竹の簾で「くっ」と形を整えます。
 これらの魚は神前じゃ無くては始まりません。
 そして、大きすぎてもいけません。

 下ごしらえと「酢加減」が腕の見せ所です。
 家によって、おばあちゃんによって酢加減が変わります。
 その酢も、米酢、穀物酢の他に「柚」「ミカン酢」など季節と好みで使い分けていたようです。
 昔は、山間部などでは柚の木が一杯植えられて居ました。
 大事な食材だったのです。
 でも、今では収穫された井で冬になっても黄色い実がなったままの柚の木が見られます。
 柚の木って棘だらけだし、ミカン農家じゃ無いから川原や山際みたいな足場の悪いところに植えられて居るので、お年寄りでは収穫しにくいのです。
 そして、いまでは家族も少ないし、ゆずを使って寿司を作ることも無くなって来たようです。
 持ち主に声を掛ければ。「取って行かんし・・・!」と言ってくれます。
 人シーズンに一戸カニ子は良いものですが、私もそんなに使いません。

 この辺の寿司のもう一つの代表格は、「高菜の寿司」です。
 これも、広い範囲で使われる、「めはり寿司」てえ呼び方をするようになりました。
 これも、昭和40年代くらいまでは、「高菜の寿司」「ばしょばの寿司」「高菜の握ったの」とか呼ばれていたのです。
 これも、格好付けたのか「めはり」を使うように役所主導みたいに変えられました。
 だから、「サンマ寿司」同様、広域の紀州の中に埋もれてしまいました。
 かと言って、紀州全体で協力して売り込むなんて無いんです。
 そして、生産量も高地なんかのようには多く出来ないのです。
 ならば、k「熊野市らしさ」を表に出すべきでは???
 「それ何?」って言わせるのも効果があるのですよ。
 そして、「高菜の漬け物は流谷じゃ無くては・・・」とアジも大切にしないといけないでしょう。
 
 高菜の寿司には漬け物の他に、採ったばかりの葉っぱをさっと湯がいて、酢味噌など塗って熱々のご飯と包むのもありました。
 これは買って作るものじゃあ無いですね。
 畑で採ってきてすぐに・・・
 湯がきすぎなければショップピリ辛見も残っていけますよ。

 さらに、寿司好きの地域ですから。「チシャ菜の寿司」もあります。
 「チシャ菜」・・・今はその一種のが「チマサンチェ」なんて呼ばれて出て居ますが。本来は「和種」のチシャ菜を使い。生のままで味噌か酢味噌を塗って左手に持ち。自分の茶碗から熱々のご飯を移して右手も添えて押さえつけてかぶりつくのです。
 おかずなしでままが進みますよ。
 夏の食べ物です。
 生の野菜が摂れるから良い・・・なんてのでは無く、何も無くても食べられるから重宝したのでしょう。
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 安い小魚、安い漬け物、畑のチシャ菜・・・
 すぐに作れて美味しくて安上がり・・・
 いかにも奥熊野らしい・・・
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 「お客様に出すのは恥ずかしい・・・」
 そんな気持ちがあるのでしょうね。
 料理やどころか民宿でもあまり出されてきませんでした。
 「昨日はトンカツ」「今夜はエビフライ」・・・
 熊野まで来てこんなの食べたくないでしょう?
 でも、田舎料理では・・・
 意識改革は難しいかな?
 と言うより・・・
 「民宿」が消えつつある?
 「民泊」をやれる人も居ないのかな?

    

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by je2luz | 2016-01-28 19:12 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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