人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2016年 01月 17日

熊野の旅 熊野市の名所・名勝 2

 記事の前に・・・
 今年の「紀和町小船の梅まつり」・・・
 2月27日土曜日だそうです。 28日日曜は予備日です。
 小船に行く順路は和歌山県側168号線を走り、三和大橋から三重県に戻るのが良いでしょう。
 駐車場が用意されているし、今くらいの来場者なら楽に停められます。 
 9時頃から始まり色んな出し物や売店などが出ます。
 ここの梅林は農業用の梅です。
 そのうちに公式のHPでも出てくると思います。

 さて、熊野市は近代になるまでは地の果てでした。
 都から近いのに、戦の度に「落人」が南下してきて隠れられるほど僻地でしたからね。
 近代になっても紀伊半島を鉄道が一周したのは昭和35年(1760)ですからね。
 日本の真ん中にあっても「陸の孤島」なんて呼び名が当てられていたのです。
 昭和44年頃から国道42号線の改良が進みました。
 熊野市内で佐田坂などが工事されたのは昭和44年(1969)ごろで、私が東京から持って帰った43年式コロナ1600Sのサスペンションが半年で駄目になったものです。
 叔母峰越えの169号が改良されたのは更にあとです。
 高速(本当は高規格道路)が来たのは2013年(平成25年)9月29日です。
 これによって熊野が良くなったかどうかは別問題ですが、素人さんでも熊野へたどり着けるようになったのは確かです。
 昨年には169号線の一部改良供用開始もあり、幹線部分の改良は進んでいます。
 しかし、市内の個別部分はかなり厳しいです。
d0045383_201154.jpg

 例えば、「熊野市の三山」とも言える「大馬神社」は大型バスを入れるのは事実上無理です。
 台風12号水害では、井戸川上流になる大馬地区、大馬神社も大きな被害を受けました。
 先日、参道の橋は架けられてお参りは出来る様になりましたが、「古代人があがめたであろう・・・」と言う雰囲気の社叢は入り口付近では見られなくなりました。
d0045383_20114395.jpg

 災害復旧のついでに、駐車場などはきれいになりましたが・・・
 すぐ下流の以前にブログに載せた廃屋などのムードある流域も消えました。
 途中の谷沿いの道も、大馬地区の人が民間の山を買い取ってまで協力したので復旧されましたが、改良復旧までは行かず、バスの客を連れては来られません。
 自家用車でも町の人にはおっかない道かも・・・
 おまけに、分岐点の工事の標識が「来るな!」という感じなので、私が帰るときに考え込んでいるよその人が居ました。
 鬼ヶ城と言いここと言い・・・観光客など眼中に無いみたいです。
 林業振興課、建設課、観光スポーツ交流課、教育委員会など、所轄が違うのでしょう。
 官僚主義が染み渡ったのかな???
d0045383_20151862.jpg

 破戒された社叢が元に戻ることは無さそうです。
 例え植林された杉が100年経っても、神社の社叢らしくはまだまだなりません。
 人工的なきれいに作られた谷は傷むことはあっても趣が出ることはありません。
 今からは、一段奥に入らないと「大馬神社」は見えません。
 神域が崩れて「鬼」が蘇ったような様子はありませんけどね。

 この「鬼」・・・
 多蛾丸などは私達の先祖のはずですが・・・

    

  ブログ村参加しました。 ポッチ よろしくお願いします。

にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 三重県情報へ

にほんブログ村    
  

    

by je2luz | 2016-01-17 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/22782973
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 熊野市の名所・名勝 ...      熊野の旅 熊野市の名所・名勝 1 >>