LUZの熊野古道案内

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2016年 01月 16日

熊野の旅 熊野市の名所・名勝 1

 熊野市は戦前の国立公園指定の時に「吉野熊野国立公園」として鬼ヶ城・獅子岩・七里御浜などが指定されるくらい、自然が残され美しいところでしたし、列島改造とかバブルの時にも取り残されて開発の嵐に見舞われませんでした。
 だから、今でも自然が残されている方です。
 地元では田舎の町ならではの「開発指向」はありました。
 「第一次熊野市総合開発」だったかな?
 駅から要害山、獅子岩から鬼ヶ城、鬼ヶ城から猪ノ鼻・・・
 十本あまりのケーブルカーの夢を描いていました。
 高校生とか中学生の「夢の熊野市」ではなく、「有識者」が集まって作った素案にあったのですから、ばかばかしい話です。
 まあ、田中角栄の「日本列島改造論」とか「レジャーブーム」なんてのがあった頃ですけどね。

 その次は・・・
 例の「リゾート法」です。
 刻任所特の伸びの恩恵を地方にも及ぼそうという趣旨で作られた法律で、最初に三県が指定されました。
 宮崎・三重・宮城かな?
 そして、その三重では尾鷲・熊野が区域指定に入りました。
 熊野市では金山に「フルーツフラワーパーク」を作ると言ったり、「スポーツ交流センター」にすると言ったり・・・
 「フルーツフラワーパーク」の時には「日比谷ガーデン」なんてのが来て、コンサル料を何千万か持って帰ったようです。
 「スポーツ交流センター」とやらの時には「ミズノ」などがコンサル料をむしり取って行きました。
 ゴルフ場など総合的なものには「雨竜企画」なんてのが金だけ持って帰ったし・・・

 最初は三県だけだったのですが、こんな美味い汁が出る法律を他の県が見過ごすはず無く、すぐに29県とやらが指定され・・・
 こんなに金もあるはずも無し、コンサル業以外の実施企業が居るはずもなし・・・
 そしてバブルもはじけるし・・・
 おかげで熊野にはゴルフ場も出来ず変なレジャー施設も出来なかったのです。
 でも、それから十数年かな?
 ゾンビのようによみがえったのが「里創人・熊野倶楽部」なんです。
 三重県がよみがえらせたのかな?
 あれは税金で造成し、設備を作り、事実上ただで実施会社に運営してもらって居るものです。
 当初は一杯人もやっとっていたのですが、今では・・・
 最初は雇用促進で人件費の半分ほど補助があったのかな?

 一時期は紀勢線を近鉄に売ってしまえと言う論もありました。
 近鉄なら「客を乗せる」という感覚がありそうですからね。
 国鉄の最後の頃でした。
 これも、実現せず・・・
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 おかげで、大きな開発からは逃れられたのですが。「秘境」というイメージとは少し離れてしまいましたね。
 そして、世界遺産指定以降は、「きれいな施設指向」「よその負けない見掛けの施設作り指向」が強くなりました。
 「鬼ヶ城センター改築」「湯ノ口温泉全面改築」「瀞流荘大改装」・・・
 それぞれ立派なのですが、田舎流に立派なだけで、都会の人が「熊野」に求めているものからは少しずれているような・・・
 あのレベルなら全国にごろごろあるんです。
 田舎の人が一生懸命、「変な標準語」を喋っているようなものです。
 それなら方言丸出しの方が受けるんです。

 でも、作っちゃった、出来ちゃったのですから、何とかしなくっては・・・

    

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by je2luz | 2016-01-16 17:54 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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