人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2016年 01月 15日

熊野の旅 熊野市のお寺

 旧紀和町の方は良く解らないのですが・・・
 旧熊野市内では大きなお寺はありません。
 「名刹」と言うほどの物が無いですね。
 由来、伝承から言えば、飛鳥町神山の「光福寺」は南朝の末裔が落ち延び、終焉の地になったという説があり、菊の紋が残る遺物が残されているような、由緒ある寺のようです。
 同様に飛鳥町大又「大義院」なその兄弟が住み、終焉の地であったとか・・・
 何しろ「南朝」のこと故、大正時代に一部破戒されたり、その前には江戸期に火災で貴重品が焼けたとか・・・
 その方面の郷土史家なら興味もあるでしょうが、一般人には、「そうなんですか・・・」で終わる話題ですね。
 後醍醐天皇の流れ後亀山天皇の孫・・・
 南北朝の争いは知っていても・・・
d0045383_215628100.jpg

        飛鳥町神山 光福寺
 ここには「じゃじゃっく」と言われる盆踊りがあります。
 ほとんど消えかけていたのを復活させています。
 この踊りは江戸時代からのもので昔は曹洞宗のお寺でよく踊られていたようですが、今ではここだけ見たいです。
 これも、しっかり保存しないと消えるでしょう。
 日本中の田舎から伝統芸能などがどんどん消えて居ますからね。
 何しろ、この先では『自治体』が消えることになっているのですからね。

 お寺は沢山ありますが、貧乏な田舎ですから七塔伽藍なんてあるはずも無し・・・
 さらに、今の田舎の現状は無住の寺が増えてきます。

 木本町の「極楽寺」は戦後かな?火事で焼失し、今では近代的な本堂になっていますが、「熊野大花火」はこのお寺のお盆行事、「灯籠焼き」が元祖です。
 太平洋戦争末期には中断したようですが、戦後早くから復帰させたのは木本人の気概だったのでしょう。

 木本には「奥熊野代官所」が置かれ、この地方統治の拠点だったのですが、所詮は代官所だったので、大きな菩提寺なんかも出来ていません。
 同じ田舎でも曲がりなりにでもお殿様が居た所などは結構立派なお寺がありますね。
 奥吉野なんて何も無いけど、奈良の都の貴族とやらが絡むのでしょうけど立派なのが点在します。
 悔しいですが、この方面では観光名所とかにするには勝ち目は無いです。

 寺としては古くないのですが、行事で近年有名になって来たのが、井戸町の「一乗寺・日蓮宗」でしょう。
 9月下旬、満月の日に行われる「へちまふうじ」
 1月8/9日の「だるま市」 にはお参りする人が段々増えているとか・・・

    

  ブログ村参加しました。 ポッチ よろしくお願いします。

にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 三重県情報へ

にほんブログ村    
  

    

by je2luz | 2016-01-15 04:18 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/22776007
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 熊野市の名所・名勝 1      熊野の旅 日本国と神社 2 >>