LUZの熊野古道案内

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2015年 12月 22日

熊野の旅 昭和は遠くなりにけり 時は流れ・・・

 吉野熊野国立公園は指定80周年かな?
 古びた看板だかでしょうか? 熊野市も何の式典もイベントも無いようです。
 新しいこともさほど無いのに古いのは捨てちゃう・・・
 世界遺産も既に十年・・・世間では忘れかけられているはずなんです。
 人の噂の49日よりは長持ちしますけどね。

 ここが国立公園の指定された頃・・・
 観光客も随分来たようです。
 大阪からの紀勢西線が出来ていたし、天王寺から夜行列車で勝浦・新宮へ・・・
 その頃の旅行は泊まりがけが常識ですから。那智山にお参りし、新宮の速玉さんにも参り。押しを伸ばして「国立公園・鬼ヶ城」へ・・・
 絵はがきも一杯売れたようです。
 昭和30年代終わり頃までは「絵はがき」が売れ筋でしたね。

 そんな時代、南国の海岸らしい植物の代表は「浜木綿・はまゆう」でした。
 地味な花ですが、白浜でも木本でもこれが植えられて居たものです。
 百合のような花野と細かく切れたの・・・そして、真っ白なのと少しピンクがかったの・・・
 志摩の方に行けば、白い着物の海女さんの横に浜木綿というのが絵はがきの定番でした。
 この「浜木綿・はまゆう」がすっかり見掛けなくなっています。
 最近では「ハイビスカス」「ブーゲンビリア」なんてよそ者がのさばっています。
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 足元の白いやつ・・・ 
 これが浜木綿の種?です。
 ちょっと小さい気もしますが、この種は塩水にも強く海を流れて黒潮の洗う海辺に広がったのだとか・・・
 「名も知らぬ 遠き島より・・・」
 椰子の木は中々定着しないようですが、これは草だけに広がりよかったのでしょうか?

 昭和の中頃までに一杯在って、今はあまり見ないもの、消えた物・・・
 「サボテン」「蘇鉄」「棕櫚」「バラン」「アロエ・医者いらず」・・・
 「鬼瓦煎餅」「豆板」「焼き饅頭」「町のアイスキャンデー」「スイカのかき氷」・・・
 「ポン菓子」「かち割り飴」「駄菓子屋の水飴」
 「醤油の量り売り」「酢の量り売り」「酒の量り売り」「味噌の量り売り」「塩の量り売り」・・・
 「酒屋の店先のコップ酒」
 「魚の行商」「モンペの行商」「秋の松茸売り」「鍋の鋳掛屋」「包丁研ぎ」・・・
 「町の洋装店」「仕立て屋」「靴の修理屋」「帽子屋」「下駄屋」
 
 私が東京に出た頃だと、高田馬場辺りでも、「ラッパを鳴らす豆腐屋」「走り回る納豆売り」なんてのが残って居たものなんです。

 「豆腐屋の ラッパの音が おかえりの 合図でした
 買い物帰りの 母に駆け寄り 歩いた小道 夕焼けトンボ
 三ノ輪橋から早稲田へ 今同じ風の匂い まぶた閉じれば若い日の 母が 母が 浮かびます」
・・・
 水森かおりさんの歌ですが、こんな情景が前のオリンピックの頃には残って居ましたね。
 その頃の都電は東京中走り回り、クリーム色に赤橙のラインだったかな?
 最初は15円で乗り継ぎ出来たり・・・
 都バスは高田の馬場から正門まで往復15円!
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 こうして日本中から昭和の情緒も消えて行きますね。

    

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by je2luz | 2015-12-22 04:42 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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