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LUZの熊野古道案内

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2015年 12月 07日

熊野の旅 木本発祥の地は・・・

 「木本」は「鬼の元浦」から来たとか・・・
 「鬼」は「海賊」
 この一帯は海賊の住み家だったとか・・・
 今では「木」を使っているところも、元は「鬼」・・・
 市木・二木島・三木里・・・
 そしてその元締めが「木本」・・・
 伝説も「多蛾丸」
 朝廷が坂上田村麻呂を派遣して退治しなくてはならないほどの親分だったわけです。
 名勝も「鬼ヶ城」です。

 木本は今でこそ住みよいですが、ほんの少し前まで、水に苦労しました。
 井戸を掘ろうにも砂利なので崩れて掘れない・・・
 川は西郷川・にしごうがわと高城川・こじょがわの二本あるけどすぐに海に落ちちゃうくせに結構暴れるし・・・
 そんな地形ですから、古くから人が住めたのは西郷川のほとりだったようです。
 あの辺りは、川が運んだ泥や土も混じるし井戸も掘れたようです。
 今のような井戸では無く淺井戸で今流の水質検査は通らないでしょうが、昔の人は川を大切にしたはずなので問題は無かったでしょう。

 我が家のある新出町にも井戸がありました。
 割合と新しいもので深さが10m以上です。
 この水は「高城川」の伏流水です。
 私が掘ったのは1971年でボーリング方式でしたが、パイプくぉ引き抜くと崩れる厄介な工事でした。
 冷房のチラー用水で、不自由なくでましたが・・・
 ここの土地が海抜11mで井戸が12m・・・海面以下です。
 普段は伏流水が流れているので塩気は無いのですが、海が荒れて波が浜の中程まで来るとその圧力で塩が混じります。
 まあ、そんなのが木本なのです。
 おまけに下水がなくて、砂利というのを利用した「しませ・水引き」なんて淺井戸で生活排水(せせなぎ)を地下に浸透させていたり・・・
 上水道が出来るまでは本町などは大変だったのです。
 おまけに毎年のように台風が来て高波がくるし、100年に一回は津波が来るし・・・
 田んぼがないので「石高」も無いし・・・
 「お屋敷」が無いのも納得出来ます。

 そんな土地ですから、大昔は西郷川沿いの平らなところ・・・河口近くの狭い範囲だけに人が住んだのでしょう。
 それが「親井戸・親地町」です。
 昭和になっても小さな家がびっしり建て込んだ漁師町でした。
 何しろ「田んぼ」なんてほとんど無い木本ですから、漁師が幅をきかせて当たり前ですね。
 「商人」が大きな顔が出来る様になったのは、海路や陸路が整備されてきてからでしょう。
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 そんな木本ですから、古い木本をうかがい知れるのは親地町なんです。
 残念ながらここも空き家が増えたし、残って居る家も表をサッシに買えている家が多いんです。
 それでも、建て直した家は少ないです。
 間口も狭くて立て直ししにくかったり、路地で確認申請を出せなかったり・・・
 保存策など全く取られていなかったので、残っちゃったというのが現実です。
 
 ここの一本の通りが「熊野古道」の一部です。
 家々は一般民家で生活に使われています。
 良い街並みなんですが開放も出来ず・・・
 天気が良ければ通りではお年寄りが日向ぼっこしています。
 皆さん人懐っこく、私の好きな通りですが・・・
 このまま10年もすれば「空き家通り」・・・そして「空き地通り」になるのが目に見えています。
 行政の出番でしょうね。
 それが本当の観光でしょう。
 
   

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by je2luz | 2015-12-07 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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