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2015年 11月 15日

熊野の旅 紀和町和気 先人の教え

 もう一本和気の記事を書きます。
 和気には「和気神社」があります。
 この「和気神社」って、岡山県和気郡和気町にある「和気神社」とつながっているのでしょうかね?
 そうなれば、ここの和気も「和気氏」と何らかの関係が?
 隣の楊枝薬師堂が後白河上皇の頭痛を治したので建てられたという風に、都にもつながっているのですから、この和気が豪族とのつながりがあってもおかしくないです。
 和気清麻呂が流されたのは鹿児島だとか・・・
 私は郷土史などは門外漢なのでよく分かりませんが、紀和の辺りには古い歴史が潜んでいるようです。
 和気神社に菊の御紋の幕が掛けられているのも何かあるのかな?
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 元はもっと格式のある建物だったのでしょうね。
 しかし、集落が小さくなって行くと維持が大変でしょう。
 我が町内の稲荷さんも次の建て替えは不可能と思っています。
 日本中で神社やお寺が消えて行きつつあるとか・・・
 地元の歴史を伝承する人も居なくなると言うことですね。
 一時期、「村史」「町史」「市史」などの編纂ブームがありましたが、当時と違い映像などは残し良くなっています。
 今が記録を残す最後のチャンスかも知れませんね。
d0045383_21194511.jpg

 明治22年(1889)に熊野川一帯が大洪水に襲われ、十津川村が壊滅し、村の半分ほどが北海道に移住して「新十津川村」を作ったことは有名です。
 未曾有の災害だったので、当然、下流の和気なども洪水に襲われたようです。
 写真の家は和気の旧家らしいですが、明治の災害の教訓で、「これから下に家を建てたらあかん」と言われたようです。
 しかし、古くからの「未曾有の大洪水」も地球温暖化と言う人間が引き起こしている天変地異によって書き換えられようとしているようです、
 先年の台風12号のような豪雨とダムの放水が重なるようだと、水位はうんと上がります。
 先人の教え同様、人間に力で押さえられる範囲のものでは無いので、「これから下には住んだらあかん」を後世に伝えるしか無いでしょう。
 悲しいですが、人知や人力って過信してはいけませんからね。
 これは和気の問題では無く、全ての地区の話ですね。

 土砂災害のハザードマップでもこの流域の全てがかぶされるほどなのですね。
 海岸線の津波の想定がいまだ住民に周知されて居らず混乱したままです。
 しかし、ハザードマップで色がつかなくてもそのそばは危険だと思うべきでしょう。
 誰も経験無いし、お役所は保証していません。
 一時避難で生き延びることが最優先です。
 何も無ければ幸いです。
 死んじゃってから「ハザードマップが違って居た」と文句言っても始まらんでしょう。
 逃げる場所を確保するのが行政の勤めかと思うのですが・・・

   

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by je2luz | 2015-11-15 04:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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