人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2015年 11月 14日

熊野の旅 紀和町和気(わけ) 大きな宿題

 私のブログではあちこち飛んで地域のことを書いてきました。
 紀和の熊野川沿いでは、「楊枝」と「小船」は少し触れてきましたが、「和気」はパスしてきたようです。
 地域懇談会に出掛けた時に、少しだけ写真も撮ってきました。
 会場になった「上川生活改善センター」「熊野市役所上川出張所」は元の上川小学校だったのです。
 でも、写真を撮り始めて目に付いたのが古い自然石の碑でした。
 もの凄く読みにくくはなって居ましたが、そこの書かれていたのは・・・
 「和気尋常小学校跡地」という文字でした。
 おそらく、明治の時代に村々に作られた尋常小学校の一つだったのでしょう。
 昭和22年の学制変更で「上川小学校」になったのでしょう。
 「上川」はじょうせんと読みます。
 この地域は、「和気村」「楊枝村」「楊枝川村」「小船村」と村が並んで居たところです。
 くっついているようでそれぞれ独立して居た歴史があります。
d0045383_23381140.jpg

 懇談会・語る会で地元の人から・・・
 「この会場の建物の名前を知っていますか?」という質問がありました。
 外の看板には「上川生活改善センター」と「熊野市上川出張所」の看板があるのは確認していました。
 そして、もと、上川小学校の敷地というものは割と知られては居ましたが、普通はそこまでです。
 たまたま私は庭には、上の碑があるのを確認していました。
 その人は、「ここは和気の土地なんです。私はこの和気で育ったのです。」と言いました。
 生まれ育った土地を誇りに思っているのです。
 ここは「和気」であって「上川」では無いと言う事です。
 それを解って貰えないような合併が繰り返されたこと、遠い熊野市に飲み込まれたことが、疎外感としてその型の寂しさを作り出したのです。
 胸に迫る言葉でした。
d0045383_23552478.jpg

 行政効率ばかり追っていることを批判してきた私でも、そこまでは思い至りませんでした。
 「今居る人がどれだけ満足出来るように出来るか」と言うのを命題にして私に考えなくてはならない課題を与えてくれました。
 「寂しさ」がどんどお押し潰して行く、過疎地の高齢者のことを考える時、この「ふるさと」も忘れてはいけないのですね。
 集落統合でも、最低限「村」は守らないと精神的な安らぎは無くなるのかも知れません。
 古い村単位は「大字」程度なんですよね。
 さて・・・
 どうする???

 ちなみに・・・
 以前はここに「和気集会所」とか言う「和気」に入った看板も揚がっていたようですが、熊野市が撤去してしまったようです。
 こうしたことの積み重ねが、「熊の市と合併してなんにも良いこと無かった!」と言う言葉を生んだのでしょう。

   

  ブログ村参加しました。 ポッチ よろしくお願いします。

にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 三重県情報へ

にほんブログ村    
  

    

by je2luz | 2015-11-14 04:19 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/22504047
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 紀和町和気 先人の教え      熊野の旅 木本堤防仕上げへ ス... >>