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LUZの熊野古道案内

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2015年 11月 10日

熊野の旅 大河熊野川 この先は?

 紀伊半島の南の山に降る雨を集めて流れるのが「熊野川」です。
 他の大きな川のような河口部の平野も、中流の広い河川敷もありません。
 山間をひたすら海を求めてさまよい、岩をうがって道を切り開いてきた大河です。
 色んな岩石が入り組んでいる紀伊山地を上手に切り開いたらしく、湖は作っていません。
 なのに、昭和20年代から30年代にかけて「熊野川総合開発」とか言う国家プロジェクトが狭い川幅を利用してダムを一杯造りました。
 支流の北山川も十津川もダムだらけ、人工の湖だらけです。

 天然の湖の水は普通腐らないのに人工の湖の水は腐ります。
 更に道路が良くなって「凍結防止剤」など撒くようになると富栄養化が進んで赤潮まで発生します。
 清流だった熊野川も夏場になると水質が悪化します。
 上流域には十津川村、北山村、下北山村、上北山村、熊野市(入鹿村、西山村、上川村、神川村、五郷村。飛鳥村)しか無いのです。
 人口はピークの半分以下です。
 いや、1/4ほどかも知れません。
 農地もほとんど消えて農薬、化学肥料の使用量も激減です。
 でも、本当の清流は戻りそうに無いですね。

 この熊野川は元々暴れる川だったはずです。
 河口の新宮には「浮島」があります、
 アマゾン流域などには一杯出来る様ですが、日本では珍しいらしく天然記念物で、昔は教科書にも載っていました。
 洪水で流れた木が湖状に残された部分で長年のこり、そこに樹木が生えて浮いている地面?に木が生えたものが浮島です。
 私が子供頃には、島に渡って飛び跳ねるとふわふわした感じで、棒切れを押し込むと入ってしまいました。
 一時は生活排水のどぶが入り浮島で無くなると言われ、対策していたようですが、今はどうなのでしょう?
 管理された公園にはなって居ますね。

 こんな暴れ川でも、深い山々の材木を筏で河口まで運んだり役立ってきたのです。
 日本でも有数の豪雨地帯の紀伊山地ですから、水が切れることはありません。
 どの支流も年中水が流れているのです。
 暴れるから「危ない所には住まない」のが長年の知恵です。
 しかし、ここへ来て地球が狂ってきました。
 いや、人間が壊し始めました。
 この先はもっとひどくなるでしょう。
d0045383_2003563.jpg

 これは熊野川本流に掛かる「三和大橋」です。
 三重県と若やか面を結ぶ橋ですから「三和大橋」です。
 向こう岸は新宮市熊野川町、168号線です。
 川岸の道路から見ると遙か上空にありますね。
 でも、この橋を水が越えるようになって来たのです。
 そしてこちらの小船も向こうの日足もザップリ浸かりました。
 下流では成川に掛かる古い方の大橋も最早水が乗る橋です。
 河口付近では三重県側の護岸が嵩上げされましたが、こっちが上がれば対岸が・・・
 明治期には十津川村が壊滅し、村人の半分ほどが北海道へ移住し「新十津川村」を『作ったという大災害の歴史を持つ川でもあります。

 今すぐCO2削減が出来ても、効果が出るには100年以上掛かるでしょう。
 全国何所でも300mm、500mm・・・紀伊半島や四国九州では2000mm降り始めました。
 これが全国で700mm、この辺で3000mmになったら・・・
 海からバケツで組み上げて陸にぶちまけ続けるような物です。
 怖いですね。
 住める場所がどんどん変わってしまいます。
 国土省などは人力を過信しているのか「輪中」を再構築しているようですね。
 「天をも恐れぬ所行」・・・
 「技術の過信」・・・

 異常気象が納まるまで「小氷河期」で押さえてくれれば・・・
 でも、そうなれば、又々、石油・石炭を炊きまくる・・・
 おそらく、人間って「懲りない生物」でしょうからね。
 あまり長生きすると地獄を見るのかも・・・

   

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by je2luz | 2015-11-10 04:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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