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LUZの熊野古道案内

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2015年 09月 27日

熊野の旅 木本祭り 秋の例大祭

 10月は木本の祭りです。
 農村部の祭りは、刈り入れが終わってからと言うことで晩秋になっているのですが、木本は「町」ですから少し早いのです。
 昔は木本も小学校の辺りから山手に掛けて、新田の高校のある所から奥は水田などがあったそうです。
 明治以降になると、小学校が出来、役所が出来、更に大正昭和に掛けて、中学校や女学校も出来て田んぼも減って町らしくなっていったようです。
 今の形が出来上がったのが皇紀2600年に「記念通り」が出来てからでしょうね。
 国民の休日に関する法律が変わるまでは、10月10日体育の日に行われてきました。
 しかし、体育の日が出来て10月10日が休みになったのは昭和39年の東京オリンピック以降です。
 それまで、何時やって居たのか今の所私は知りません。
 
 今年は祭りの始まりを知らせる、「鈴上げ」という儀式は10月1日です。
 宵宮が10月10日
 本宮が10月11日です。
 木本神社の祭りでの出し物は、町内巡行は・・・
 稲荷山車(だんじり) - 新出町
 よいや - 栄町
 子ども神輿 - 井筒町
 六方行列 - 親地町
 元宮太鼓 - 新田
 御神輿 - 木本神社  になります。
 朝から動き出すのですが、町内の半分を回って、出し物が神社に入って新出町の「神楽」の奉納など儀式が終わるのは昼過ぎです。
 午後の部で残りの半分を回るのですが、神輿が神社に帰って神様を元通りに神殿に納めるのは毎年12時にもなってしまいます。
 「もう少し早くしよう」という話はずっとあるのですが、実現しません。
 今年はどうなるでしょうね?

 もの凄く時間が掛かって、木本町内の交通に迷惑を掛けるので、近年はお巡りさんによる完全な規制を返上して、各出し物の町内で交通整理しています。
 木本町内は、浜の国道を除き、町内での移動以外の車は少ないですからあまり迷惑掛けないで済んでいます。
 以前のようにきちんとやっちゃう方がうまくなかったです。
 何しろ、お酒の入った出し物は思うように進んでくれませんから、的確に車に迂回路を指示するしか無いのです。
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 今は「六方行列」が観光的に売り出されています。
 これは大名行列を模した、奴さん行列です。
 この木本には「奥熊野代官所」はありましたが、お殿様は居ませんでした。
 大正か昭和の初期に愛知県の方のを真似て始めたのだそうです。
 私が子供の頃には親地町の子供も多かったので、中学生でこれに出られるのが名誉だったのです。
 女の子の浦安の舞の舞姫も同様でした。
 今は木本小学校の児童は一学年20人とかですから、役者が揃いません。
 六方も小学の低学年まで動員して、チビッコイ奴さんも歩いています。
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 出し物の中では、栄町の「よいや」はちょっと珍しいそうです。
 山車・輿の屋根に布団が乗っています。
 この形式はそんなに多くないようです。
 ヨイヤは稚児さん風の子供を乗せ、大人が担いで、「よーいや!」の掛け声で高く差し上げます。
 これも、人が減ったと言う事で担ぐのをやめていた時期もありますが、復活しています。
 でも、高齢化で・・・
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 新田の「本宮太鼓」もやめるという話も出ていたのですが、一回停めたら出来なくなるのでなんとか継続しています。
 新出町の「だんじり」を引っ張るのは子供だったのです。そして、神楽の主役の「天狗・じーじー」にも一人男の子が要ります。
 栄町の「ヨイヤ」には4人の稚児さんが要ります。
 井筒町の神輿は「こども神輿」です。
 親地町の「六方」は十数人の子どが要ります。
 新田の本宮太鼓の叩き手は子供ですから、ここにも二十人ほど要ります。
 神社の「浦安の舞」は四人の女の子、それに「猿」?なんて子供も要ります。
 こうすると、「綱を引っ張る子供」など居なくなるのです。
 出し物の役者も昔は木本の子供の中で「選ばれし子供」だったのですが、今では木本町以外の子供が一杯出て居るのです。
 神輿も、昔は親地町の若い衆を中心にやれたのですが、木本全町にしても足りなくなって、木本の縁者に広げ、去年辺りからは全くの町外の若い衆にも入ってもらって居るようです。
 大変な状況です。

 「木本の祭り」があって「井戸の祭り」もあります。
 全く別のものですから、合流は難しいです。
 井戸の方が少しだけ子供が多いのですが、これも先が見えてきました。
 祭りが維持出来ないのにイベントは増えるし・・・
 祭りは「宗教」と言う事で補助は出ないし、イベントにはどんどん出るし・・・
 「祭り」だって、「無形文化財保護」にすれば憲法問題はクリアー出来るのですけどね。
 村祭りが消えれば、集落の気持ちを固める手段が減ります。
 私は「祭り」は差ほど好きじゃあ無いのですが、「必要なもの」と思っています。
 官製イベントでは出来ない部分があるのです。

    

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by je2luz | 2015-09-27 04:11 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by NPO紀州熊野応援団 at 2015-09-27 16:52 x
突然のコメントにて失礼いたします。
貴ブログ、いつも愛読させて頂いております。
勝手ながら弊NPOのブログでリンクさせて頂きました。お差支えがございましたら、下記へお知らせ下さいませ。

NPO紀州熊野応援団事務局 hq@kishu-kumano.com
Commented by je2luz at 2015-09-27 23:06
NPO紀州熊野応援団さんへ
 ***
 ありがとうございます。
 もう10年あまり続けています。
 徐々に読者も増えました。
 今では熊野市のブロガーでは一番定期読者が多いかも知れません。
 職業柄、行政の裏事情まで目に付き耳に入り事実も知り得ますので、かなりセーブはしているのですが、きつい記事が増えます。
 「何でも万歳」「よいしょ」の記事が横行する中で、出来るだけ本当のことを市民の皆さんに知って欲しいというのが底辺にあるのです。
 問題適しないと施政者のやりたい放題が通ってしまいますから・・・

 完全に個人の取材ですから、範囲は少し狭くなります。
 これからも同じ方針で書き続けますのでよろしくお願いいたします。


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