LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2005年 11月 17日

熊野の旅 千年も余って外敵なし

 神々が守っているわけではないでしょうが、ここ熊野の浜は平和な浜です。
 坂上田村麻呂が攻めてきて以来、ここには外敵が攻めてきません。
 太平洋戦争末期には有馬松原の松を『松根油』をとるために学生が動員され切り倒し根っこを掘ったそうです。そして、在郷軍人を中心に『本土決戦』に備えて塹壕を掘ったそうです。掘っての掘ってもすぐに崩れる砂利なので塹壕の体をなさなかったとも言われています。
 終戦の暇でアメリカ海軍は新宮のパルプ工場に艦砲射撃を加えるために近づいてきただけで、ほかのところは見抜きもしませんでした。
 日本軍もここには来ないのを見越して防衛線は張っていませんでした。
 上陸用舟艇にとっては荒れていなければ最高の場所なのですが、こんなところに上陸しようものなら、その先が大変です。今でこそ道ができていますがその当時にはまともな道路もありません。鉄路だけは木本まで来ていましたが、まさか上陸してすぐに列車を使う訳には行きませんからね。
 今でも、大きな船は潮岬を回ると大王崎沖向けか伊豆半島沖に向かうので遥か沖合いを進みます。大きな船が近づくのは写真のような作業船か熊野大花火大会を見物に来る客船『ASUKA』とかだけですね。
 のどかですが、いかに昔の都からも今の都からも遠いかと言うことを示しているわけです。
d0045383_12214398.jpg


by je2luz | 2005-11-17 12:22 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/2209320
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 千年も余って外敵なし      熊野の旅 花の窟・・・墓所 >>